B短文
□13.──
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「奥州筆頭……独眼竜?」
「そう、聞いたことがあるでしょ奥州王伊達政宗」
「ああ、若くして奥州を束ねた一つ目の竜…くらいはな」
佐助の問い幸村は槍の手入れを止めることなくに答える。
「それがどうしたのだ?」
「旦那と年が近いし一度手合わせさせたいって大将が……年も近いって言えば三河の徳川もだけどさ、あっちは己の強さじゃなくて部下の強さでしょ」
「本多忠勝となら一度死合してみたいと思ってはいるが」
「だけどまだ時期じゃない。まずは奥州の若き竜の方と……ってことらしいね」
(勝たなくてもいいから独眼竜と手合わせさせて来いと言われている事は言わなくてもいいか……)
「近々また軍神と川中島で戦があるっしょ」
「ああ…」
「そして、伊達が不穏な動きをしているって言う噂があるんだよね」
「成程、お館様と上杉殿との戦いに水を差さぬよう竜を抑えよと言う事か」
「そー言う事」
(でもどっちかつーと旦那と竜を引き合わせるのが主で、大将と軍神の方が独眼竜を誘き寄せる餌った方がいいのかな?)
槍を手入れしていた手を止め、
「奥州独眼竜……一体どの様な人物であろうか?」
隻眼に弦月前立ての兜を被っているぐらいしか知らぬなと呟く幸村に、
「フッフッフッ」
「なんだ佐助気持ち悪い」
「ひどっ!じゃなくてホラ見てじゃーん」
そう言って佐助が得意気に見せてきたのは一つの巻物……
「独眼竜が自ら描かせたって言う似絵の模写が街に出回ってたからもらってきちゃったー流石は俺様!優秀すぎるよねー」
「どれ見せてみろ」
そう言って幸村は佐助から巻物をパッと奪うと広げその独眼竜の姿を見、
「……ふむ、強そうだな。これなら若くして奥州を束ねたと言うのも頷ける」
ジッーと見詰めた後、その様な感想をもらす。
「弦月前立てに青い陣羽織、そしてお館様にも勝るとも劣らぬ隆起した筋肉…鍛え抜かれた肉体。絵からも感じる凄まじき覇気!若くしてこの様な体を作り上げるとは……某もまだまだ修行が足りぬ……」
幸村はグッと己の拳を強く握る。
「しかし……これは…刀を六本も持ってると言う事は……どういうことなのだ?」
「……えーと、もしかして六本使うとか?」
六刀流とか言ってさ…とおどけた様に言う佐助に、
「佐助……冗談にしてももっと面白い事を言え」
「えー旦那、忍に何を求めてんの?」
「佐助、本当にこれは似絵なのか?独眼竜なのか?」
「ああ…確かに、似絵画として有名な……えっと名前はなんだっけ?……まぁその有名人を独眼竜がわざわざ呼び寄せて描かせた絵を元にしたのを配っているらしいからね」
「ふむ、そうか」
もう一度絵に視線を戻すと、
「この者とあいまみえる日が楽しみだな……」
嬉しそうに呟いた。
――半年前 奥州――
戦があるわけでは無いのに、奥州の主である伊達政宗は戦装束をキッチリと身につけて、ある一室で立っていた。
その場にいるのは政宗の右目と称される片倉小十郎と……もう一人…
「政宗公、下絵のほうが出来ました」
世間に似絵師としてその名を知られる男である。
「どれcheckしてやる見せてみろ」
男がうやうやしく差し出してきた紙を受け取る。
奥州を束ねたばかりの政宗は世間に己の名を轟かせることを考えていた。己の姿を正確に他の者に伝えるために手っ取り早いのは絵である。
その絵を見て、この様に若くしてと感心するもよし、まだガキじゃないかと侮って仕掛けてくるももよし。どちらにしろ、今まであまり見向きもされてこなかった奥州が注目を浴びる事は間違いないだろう……その様な事を考えながら政宗は受け取った下絵を眺めた後……お前はどうだ?と意見を求めているのだろう、小十郎にも見せてくる。
見せられた小十郎は確かに一番の腕と称されるだけあって正宗の特徴を良く捉えてあり「ほう、これは似てますな」賞賛しようと口を開く前に、
「アンタ目が悪いのか?」
政宗が絵師に向って言う。一瞬、小十郎も絵師も何のことを言っているのか分からずポカンとしてると、
「俺がこんなに細いわけねぇだろ良く見やがれ!」
ペシペシッと下絵が描かれている紙を叩く。
「あの…政宗様……」
「小十郎もそう思うだろ、俺はもっと体格いいよな!こんなslender bodyで六爪なんざ操れる訳ねぇだろ」
「……」
不機嫌そうに言う政宗に、
「いえ、アナタ様はこの絵そのままに細い体の愛らしいお姿です」等と小十郎が言えるわけなかった。
「随一と言われる絵師ならキチンと似せて描きやがれ、俺におべっか使う必要はねぇぞ」
役者絵描いてるわけじゃねぇんだからと言う政宗に、絵師は助けを求めるように小十郎を見ると……小十郎は「頼む辛いだろうが政宗様の言うとおりに描いてくれ」と目で答える。
凄腕と言われてもスポンサー様がいてこその絵師である。そしてこの男には芸術家魂に反しますと反論してまで己の信念を貫き通す気は無かった。
そうして、政宗の要望通りに絵は…伊達政宗の似絵は出来上がった。
『これは伊達政宗のコスプレをした武田信玄ですか?』
『イエ、これは伊達政宗本人です』
…の様な出来だったが、
「Great!どっからどー見ても俺だよな!」
政宗本人は大満足だ、
「おっしゃる通りです」
小十郎も絵よりも政宗の喜ぶ姿に満足しているようである。
絵師は複雑な気持ちで城を後にし……家に帰ってから、今度こそそっくりの政宗の絵を描いたとか描かなかったとか……
そんなこんなで、本願寺あたりが喜びそうなゴツイ筋肉だるまの政宗の絵を元にして、大量の政宗像が刷られた。
城下ではその絵は飛ぶように売れた。無論、城下の民の殆どは政宗の姿を知ってはいるが……その絵が政宗の理想の男性像であると言う噂が流れ、伊達の兵達が自分もこの様な姿になりたい…お守りにしたいとこぞって買い求めたからだ。
知らぬは政宗本人ばかり。
そして半年後……奥州を偵察に来た佐助が政宗の似絵として手に入れたのはこの絵である。
「貴殿は一体誰だ!?」
幸村は叫んでいた。
「Ah?だから名乗っただろうが、奥州筆頭伊達政宗だってよ!」
「ウソを申すな!貴殿が伊達政宗殿であろうはずが無い!!」
武田信玄対上杉謙信の戦いに伊達軍が乱入するのを防ぐべく幸村が待ち構えていた(信玄がワザと伊達の忍である黒脛巾に戦の情報を漏らしていた)。
そこに先陣を切ってやってきたのが伊達政宗である。
「Ahー、何を根拠に……」
呆れたよう言う政宗に対して、幸村は力強く反論する。
「伊達政宗殿は体格がよく見るからに屈強な御仁、貴殿のように細い体ではない!」
幸村のこの台詞に片倉及び伊達の兵の大半はオチがわかってしまった。
「誰がslim bodyだ!!」
「その様な影武者で某を騙せると思うな!」
「だ誰が影武者だ!!」
「証拠もここにある」
そう言って幸村が…一体どこに隠してたのか…取り出したのはあのマッスル政宗が描かれてある巻物である。
バッとその巻物を広げると、
「この絵の御仁が奥州筆頭伊達政宗殿だと聞く!」
「Yes、その通りだ。そっくりだろうが」
満足そうに言う政宗に対して幸村は、
「何処がでござるか!こちらの絵の御仁はたくましく鍛え抜かれた筋肉、まるで風を起こせそうなほどの腕、絵からですら感じる覇気……まるでお館様のようだと言うのに対し、お主の方は撫でまわしたくなるなるような体の線の細さ!抱きつきたくなるような細腰!擦りたくなるような美脚!揉みたくなる様な尻!舐めまわしたくなるようなその白い肌!吸い付きたくなるような唇!吸い込まれそうになるほどキリッと美しい目!同じであるのは弦月前立てと衣装、六本の刀のみ!この絵とは似ても似つかぬ!この幸村好みの…好みど真ん中の御仁を連れてきて騙そうなどと……その様な扱いをしてくる伊達などやめて某の所へ嫁いでくれ!!」
「Ha、何言ってんだテメェ俺がんなにslimなわけねぇだろ!!」
「本物の独眼竜を出せ!竜を倒しそなたを上田へと連れて帰る!」
「テメェさっきからなに訳のわかんねぇ事を!?」
「旦那、旦那」
佐助がこのままじゃ埒が明かないと興奮状態の幸村の元へと行く、
「何だ?今忙しい」
「いや、それよりもさ、どーやらアレが本物の独眼竜みたいよ」
「なに?」
その言葉に一瞬ポカンとし、佐助を見……それから政宗へと視線を向け、手にしている絵をもう一度見る。
「いやだが…この絵とは全く……」
ずっとここに描かれた男が独眼竜伊達政宗だと信じきっていた幸村にはいきなり全く似ていないこっちが本物だよと事実を突付けても信じろと言うのは土台無理な話だろう。
「いやー多分……」
佐助は政宗の台詞からなんとなく想像出来たが、幸村に今説明するのもめんどくさいので、
「あの人の理想像しょっ」
「……」
キッと幸村は政宗へと向き直り、声高々に問う、
「貴殿が奥州伊達政宗殿でござるか!」
「だからさっきからそうだってんだろうが!」
「……どうする佐助、某の好みど真ん中なのだが」
小声で佐助に聞く、
「知らないよ!いっとくけど敵の大将だからね」
「うむ…そうか……」
「取り合えずは大将の命令通りに……」
幸村はもう一度政宗へと向き直る、
「伊達政宗殿!!近い内に必ずやこの絵のような姿になってみせます!ですから某と結婚を前提に死合いをしてくだされ」
2011.05.