傲慢。
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 男は自分の親友のことを溺愛し、そ
して侮蔑していた。小説家を目指す、
親友。彼はいつも世間に認められない
自分の才能を嘆き、大衆を価値の解ら
ぬ木偶の坊どもと罵っていた。男は平
然とした顔でそれを受け流し、しかし
心の中で彼のことを嘲笑する。

 男は彼の才能を認めていた、しかし
それが時勢にそぐわぬものであること
も承知していた。人に賞賛を与えるの
は才能ではない、人だ。賞賛を得よう
が得まいが作品自体の持つ価値は永久
不滅に変わらない。だが、その作り手
に対する評価は時代が決めるものだ。
そしてその才を認める人間が必ずしも
今の時代の人間であるとは限らない。
(そういった意味では自分もまた特殊
な部類であるというのが男の認識であ
った。)明治文豪ならまだしも…、と
いうのが彼の友に対する見立てである。
あれは根暗で偏屈でそのくせ寂しがり
で、そういうのがよくない。古めかし
くて陰気だ。それが作風に出ているも
のだから、今の大衆に流行るわけはな
いのだ。確かに彼の作品の良さが解ら
ぬ民衆を男も軽蔑していた。しかし彼
らを馬鹿だ馬鹿だと野次って何になる。
彼らに認められなければ彼自身になん
の価値もないというのに。本当は認め
てほしい相手を罵ることしかできない、
まるで駄々をこねる子どものような友。
そんな友を男は侮蔑し、溺愛していた。



 男の心情に変化が訪れたのは、ある
昼下がりの一本の電話がきっかけだっ
た。両親が自らに遺した祖母の時代か
らの平屋でうとうとまどろんでいる所
に、チリンチリンと電話が鳴った。
「小説が入賞した。」彼からの電話は
そういった旨である。朝っぱらから上
機嫌な友の声に、男は驚きを隠せずい
た。祝いだ祭りだ、とはしゃぐ彼に適
当に相槌をして、その辺の上着を羽織
る。一刻も早く彼に会わねば。何故だ
か男はそんな思いでいた。


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