とある宇宙飛行士の話
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 その宇宙飛行士さんは、まるで作り
物のような美しい顔で、ずいぶんテレ
ビでも騒がれていたのを今でもよく覚
えています。私は彼のことを、天に愛
された人、と呼んでいました。
 あんなに美しい顔をして、宇宙飛行
士になれるほどの才能があるなんて!
 しかしお姉ちゃんはそのたびに、彼
は彼なりに努力をしたから宇宙飛行士
になれたのよ、それに人より美しい人
はそれで苦労をするものよ、と私をた
しなめました。それでもやはり美しい
とは恵まれたことだと思うので、私に
はぴんときませんでしたが、お姉ちゃ
んがいうのだからそうなのでしょう。

 画面の中でインタビュアの質問に丁
寧に答える宇宙飛行士さんは本当に美
しくて、思わずほぅと息を洩らしてし
まうほどでした。彼に比べるとそこら
のアイドルやタレントさんも霞んでし
まって、彼が宇宙に旅立つまではその
姿を見ない日はありませんでした。い
つもはアイドルや恋人にしか興味のな
いような私の友だちまでも皆彼に夢中
で、日本中の目が彼に向いていたよう
に思います。
 しかし彼の目は、私たちには向いて
いない…、まるで地球などには興味が
ないというように、常にソラを見つめ
ていました。それがあの宇宙飛行士さ
んの魅力である、というのが私とお姉
ちゃんの公式見解でした。

 その日もいつものように、片思いの
彼とのことを職員室で先生に相談して
いますと、付け置きのテレビにかの宇
宙飛行士さんが現れました。
 『あなたが宇宙を目指したきっかけ
はなんですか?』
 もう幾度聞かれたか分からない質問
に、嫌な顔一つせず彼は答えます。宇
宙に憧れる少年がそのまま宇宙飛行士
になったような、純粋で夢に溢れる言
葉が綺麗な唇から紡がれます。いつも
は愛しの彼一筋の私も相談相手の現代
文の先生も、思わず見惚れてため息を
ついてしまいました。
「いつ聞いてもいいこと言いますね、
宇宙飛行士さん!」
「ちょっとキレイすぎてリアリティな
いけどねぇ、顔も言葉も。」
 会話に横槍を入れた日本史の先生も
宇宙飛行士さんを見る顔を見れば、ま
るでヒーローを見つめる子どものよう
な、キラキラした笑顔です。
「まぁ、コイツの言ってること、全部
作り話ですからね、」
 冴えない科学の非常勤の先生が、急
にそんなことを言いました。
「宇宙飛行士さんも、先生みたいな冴
えない非常勤高校教師には言われたく
ないと思います!」
「古屋先生、何かお知りなのですか?」
「というか、コイツと俺、家が近所で
高校までの幼なじみなんです。」
 私の言葉を綺麗に無視して、非常勤
先生はしれっと答えました。


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