(私の)秘(密を)(ここに)書(す。)
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「…なに?」
「…生活能力ない自覚あったんだ。」
「ひどい!
でも、まあね。僕にはミユキちゃんいないと
生きる意味ないし、聡子さんいないと生きれ
ないし、そう考えるとユートピアには3人
だ!」

「いらないのに必要なんて、ずいぶん虫のい
い話ね。」
「?」
 ぽつりとつぶやいた言葉の意図は彼まで届
かなかったようで。先程の自分の言葉を忘れ
ているのか軽口なのか、そんなことに気を取
られることもなく画面に向かう。

「なんでもない、どこまでも私のことこき使
いやがって!くたばれ!妄想の中でくらい有
給よこせ!」
「なんだよ、聡子さんだって僕がいないと寂
しいだろ!」
「早く帰れ!深雪さんきっと起きて待ってる
んでしょ。」
 私の言葉にそうだった!と阿呆は鞄に手を
かけた。そのゆるみきった顔の奥、頭の中で
はもう奥さんの待つ愛おしい空間のことしか
考えていないのだろう。急いで作業室を飛び
出す背中に形ばかりお疲れ様と声をかけた。



「…あのさ、」
「なに」
「言い方悪かったのかな、って、さっき。」
 ドアノブに手をかけた彼が急に立ち止まっ
てそう言った。

「僕の理想の世界に聡子さんが必要なの本当
だよ、なんて言ったらうまく伝わるかわかん
ないけど…、あ、でもそれだと聡子さん独り
身になっちゃうから、えっと、聡子さんの好
きな人も1人必要か。男だけど。でも聡子さ
んの好きな人なら我慢する…で僕の世界は4
人だなって、ミユキちゃんから着信!ごめ
ん!もう行くわ!お疲れ明日もよろしく!」

 早口にそうまくしたててオフィスを飛び出
した彼と、残されたのはぽかん顔の私。



「…休憩するか。」
 しばらくは集中、集中、と仕事をにらんで
いたが、ああいうことを言ってしまうのがあ
の男の駄目な所であり、いいところなんだよ
な、なんて思わず笑っている自分に気が付い
て画面を閉じる。画面を閉じて先程の彼の言
葉を頭で反芻して、反芻している自分がいて。
 きっと私はあいつにとってどこまでもそう
いう対象で見られないから、その世界に存在
できるのだろう。し、そういう距離を作った
のは私自身でもあって、ある意味特別で。で
も、

「でも、そういわれても結局アンタの世界は
3人だけなんだけどな。」

 なんて、きっと一生口に出すことのない言
葉と一緒に、苦笑いを浮かべてコーヒーをす
すった。



【2014.04.06.】

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