shrike-shrills-shrift
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大学時代の友達の趣味で鳥を見に行き、生まれて初めてモズと、モズの速贄を見た。

それで木の枝に刺されて動かなくなった虫を見てふいに思ったのだ。

彼にとっての私はアレと同じようなものだったのかなぁ…と。

もう十年は前のことなのに、いまだ時として私の中に鮮やかに蘇る中学時代の同級生がまたこの瞬間、双眼鏡の向こうのモズに重なって現れた。






彼に告白したのは親友の勧め。
それにのって告白したのは卒業式の予行練習の放課後。
ふられるのはわかっていた、だって彼が好きなのはその、私の親友だってことぐらい気付いていたし。


──「倉敷が…好き。」

無理だとは思っていたけれどほんの一握りの一途な希望を込めた私の言葉を、彼は素っ気なく「ごめん。」と踏みにじった。
感情のこもっていない音。



──「小沢が、好きだ。」

その場で彼は私の親友に告白した。
他に好きな人がいる、私の親友に。
既に気付いていたことだけれど予想外の彼の行動に私は衝撃を受けた、そして、惨めな気持ちに泣きそうになる。

明日美は、気まずそうに「ごめん。」と呟いて逃げるようにその場を走り去った。

早春の中庭に残された、二つの砕けた心。




「…佐々木。ごめん。」

ふいに彼が声を発した。先程の形式的な音ではなく、感情のこもった、声。
その声には私に対する卑下も同情も、私に自分を重ねているわけでもない、純粋な誠意のみが含まれていて、

「………、」

何も言えなかった。
その優しさが、悲しくて。

そして、気付いてしまったのだ、彼の中に芽生えた不思議な清々しさに。

思わず彼の前から逃げ出す。彼の前では泣きたくなかった。





それから残りの学校生活はつまらないものだった。もう私たちは今までの関係には戻れない。


卒業してからは三人とも別々の学校になって交流は途絶えていった。
けれど不思議とそういった噂はどこからか流れ出るもので、いつからか私のもとにも彼の話が聞こえてきた。



「西高に変わった男がいる。」


その男は別に特別ルックスがいいわけではないのだが、どこか飄々とした雰囲気を持っていて女性にもてている。
(きっと高校生と言ってもまだ子供に近い他の男子に比べ、彼の大人びた印象が私たちには魅力的に映っていた…のだろう。)

彼は言い寄られれば誰にでもそれを許す。
しかし彼は誰一人にもよらない…

それどころか女性をふるとき、彼は気持ちよいまでにばっさりと切り落とす。


『ごめん。俺は君に興味がないんだ。』



捕まえるだけは捕まえて、それだけ。



真偽を確かめる術はないのに、なぜかその話は私のなかにすんなり入った。

きっと私が最後に見た清々しさは、彼の中で何かが吹っ切れた証だったのかも知れない。
それが良いことだったのかは、
わからないけれど。



いつからか噂は聞こえなくなったものの、それまでに彼の被害者になったという人数は膨れ上がっていて、もはや都市伝説…と言っても過言でなくなっていた。





今のぞきこむレンズの向こうのモズの速贄──枝に刺された虫の姿は、彼に捕らえられた女子たちを暗示しているように見えたのだ。

女子の心の真ん中を射抜いて、最後に悔しさのみを残していくのは、おそらく彼なりの優しさ、いや、美学だったのだろう。
実際、彼にふられて悪口をいう者の話を聞いても、悲しむ者なんて聞いたことがない。

彼の技術は正確だった。

唯一心臓を差し損ねたの最初の一回きり。
最後に見せた優しさこそが、手の狂いそのもの…なんて彼は覚えているだろうか。



まだ命があったのだろう。枝に刺された虫の一匹がピクリと動いて枝から外れた。
もう自力で飛べるはずもないそれは、ヒラヒラと地へ落ちる。

悲しくて悲しくて、涙が出た。





最後に彼の話を聞いたのはいつだったか。
確か友達が見たのだった。

土砂降りの雨の中、彼はガラの悪い男たちに絡まれていたそうだ。
きっと女性関係のもつれだったのだろう。彼は蹴られ殴られても飄々と、ただ心ない声で謝り続けていた…と。



バサリ、と近くの木から小型の鳥の飛び立つ音が聞こえた。
影こそ見えたが何の鳥かは判別できない。

型ぬき絵のように、黒い鳥が広がる青に浮かんでいった。



結局それ以来、彼の話は聞いていない。






Shrike
  Shrills
     Shrift

(モズは高らかに、赦罪を歌った。)





【2010.01.20】


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