S
□ハロー、ハロー
2ページ/3ページ
突き刺すような寒さにももう慣れてきた…というか感覚の無くなってきた指でポチポチとクセになるボタンを押し続ける。
何故か怒ってしまった彼女に完全に締め出されてベランダに孤立してしまった僕にはどうすれば部屋に戻れるかわからないから、当初の目的である宇宙人への警告を地道に続けているのだ。
あの古い映画の中で宇宙人に気にいられた女の子は最後、家族や地球に別れを告げて遠い遠い空の向こうの星へと旅立っていった。
映画の登場人物たちは──宇宙人たちはもちろん地球人まで2人のラストを祝福していた。けれど僕は、宇宙人たちの先進技術が密かに彼女やその周辺人物に作用した結果ではないかと踏んでいる。
物語が始まったころから地球を愛するあの女の子と自分になんとなく共通点を見出していたから、どうしても彼女の選択には納得がいかないのだ。
(もう2度と地を走る動物を見れないなんてことになったら僕は耐えられないからね!)
本当は自分以外の意見が聞きたかったのだけれど、この映画を借りてきた当の本人は映画の序盤に寝てしまったから、この、僕の見解がズレているのかどうかは分からない。
そんなことをぼんやり考えながらエンドロールの流れる黒い画面を眺めていたらふと、急に不安になってしまった。
もし夏芽が宇宙人に惚れ込まれてしまったらどうしよう、と。
(もしこの話を書いた脚本家がノンフィクション作家だったとしてだけれど、)もし僕の立てた仮説があながち間違っていなかったとしたら…。
この仮説だと宇宙人たちは人間の心を操れるわけだから、きっと馬鹿単純な夏芽の脳味噌は簡単に騙されてしまうし、他の人間もまた然りだろう。
そうしたら、彼女が遠い遠い空の向こうの星へと連れ去られてしまったら、きっと僕は生きていけない。
他人から見て一般感覚とは少しかけ離れている(…らしい)僕を、「宰は私が横にいないと、絶対円滑に日常生活が送れないよね?」と形容したのは、他の誰でもなく夏芽本人だしね。
じゃあ夏芽をずっと地球で生活させるためにも(つまりは僕自身の生活のためにも)、どうすれば宇宙人の魔の手を逃れることが出来るのかソファで呑気な顔して眠る体に毛布を掛けながら本気で考えた。
そして至った結論が、これ──夏芽の欠点作戦、である。
ヨシノナツメ ハ キ ガ ツヨイ
──芳野夏芽は気が強い
ヨシノナツメ ハ フロ ガ ナガイ
──芳野夏芽は風呂が長い
ヨシノナツメ ハ カンジ ガ ニガテ
──芳野夏芽は漢字が苦手
ヨシノナツメ ハ チリ モ ニガテ
──芳野夏芽は地理も苦手
ヨシノナツメ ハ テンネンパーマ
──芳野夏芽は天然パーマ
ヨシノナツメ ハ アツサ ニ ヨワイ
──芳野夏芽は暑さに弱い
ヨシノナツメ ハ ソウジ ガ ニガテ
──芳野夏芽は掃除が苦手
ヨシノナツメ ハ イビキ ガ ウルサイ
──芳野夏芽はいびきがうるさい
ヨシノナツメ ハ ムネ ガ チイサイ
──芳野夏芽は胸が小さい
ヨシノナツメ ハ エ ガ チョウヘタクソ
──芳野夏芽は絵が超下手くそ
昔何かの映画で覚えたモールス信号の変換表を頭の中にしっかり浮かべて、光を断続的に──とにかくありったけの僕の知る彼女の欠点を、空へと打ち上げ続けた。
そして今は、(どれくらいの時間がかかったかはよくわからないけれど)やっと何も思いつかなくなって、最後のメッセージを飛ばしているところだ。
これが終わったら本格的にやることがなくなるのだけれど、そしたらどうやって中に入ろうか…なんて考えはここの隅に追いやって、ただただ空を仰ぎ見た。
ハロー、ハロー、
ウチュウ ノ ミナサン キヅイテマス カ?
コノヨウニ ヨシノナツメ ハ、
ケッテン ダラケ ノ チキュウジン デス
ダカラ ミナサン マチガッテモ、
カノジョ ハ ウチュウ ニ ツレテカナイデ