逃げる男を追いかけて、
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もしかしたら落としたスリッパを拾いにくるかも…と、"便所スリッパさん"(と2人で命名したあの男)を待っていますが、なかなか現れる気配がありません。

寒空に輝く今晩の月はまん丸です。
そろそろここで待つのにも限界と思ったのでしょうか、

「…ねぇ、やっぱり行ったとしたらこの先だと思わない?」

人を待つのが苦手の美羽が、前を見据えて言いました。


「、この先って…」

南通り商店街の北側の終わりは、大きな道路との十字路で唐突に切れています。
(その大きな道路に関しましては、直線で見晴らしもよいので、例え便所スリッパさんがここを逃げていたとすればすぐに見つけられたはずです。)
ということはつまり、美羽の言う「この先」とは、その道路で遮られた南通りの商店街の直進先──北通り商店街のことでしょう。

明るく、まだ人もまばらな南通り商店街に比べると、北通り商店街はまさに商店街の残骸です。
昔は栄えていたのでしょうが、今では需要をすっかり南通り商店街にとられて廃れゆく一方、今では昼間でも開いているお店があるのかどうかさえ怪しいものです。
そんな状況ですから夜にはライトすら灯りませんので、確かに追いかけられて行方をくらますにはもってこいでしょう。


「でもさ、大の大人が中学生2人から逃げるのにわざわざそんなことするのかな…?」

そう問う亜梨紗に

「さぁ?でもその可能性がないわけじゃないでしょ。」

と、答える美羽の顔には先程2人の間に漂った不安は微塵もなく、最初に便所スリッパさんを追い始めたときの旺盛な好奇心のみが浮かんでいます。
呆れた亜梨紗はため息をつき、目前に伸びる北通り商店街の中の闇を見つめてゴクリと唾を飲みました。



「…え?押しボタン押さないの?」

勇気を持って北通り商店街に行こうと──大きな道路を横切ろうとする亜梨紗の腕を掴んで、美羽が素っ頓狂な声をあげました。

破天荒なように思えてそういうことを気にする美羽にそう言われて初めて、亜梨紗は押しボタン信号の存在を思い出しました。
その道路は地理的な問題でめったに車が通るのを見たことがありませんので、大概の通行人はそこを横切ってしまいます。
それに、

「ここの信号って、結構昔から壊れてて待ってても変わらない…って前にお母さんが言ってたの。」

亜梨紗がそう言うと、ボタンを押していた美羽は、なぁんだと照れたように笑いました。



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