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□デリート
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「知ってる?
生き物ってのは要らないモノを捨てながら、進化してきたんだよ。」
一向に片付けの終わらない私に向かって君が言った。
「だから?」
「だから、要らないモノは捨てないと、前に進めないでしょって言ってんの。」
そう言って君は呆れたように笑った。
そんな話をしたのはもう、ずっと昔のこと。
ただこの小さなボタン一つ押せばいいだけなのにと、携帯画面の君の名前にため息をついた。
『要らないモノは捨てないと、前に進めないでしょ。』
もう君から連絡がくることはないんだから、私にとってこれは要らないモノ。
きっともう君の携帯に私の名前はないから、きっと君は前に進んでいる。
だけど
それでも、
私は片付けられない女だから。
携帯の君の登録も、
無意識に君の後ろ姿を探す目の機能も、
君の香りを嗅ぎ当てる鼻も、
君の声に反応する耳も、
君が好きと言ってくれた長い髪も、
なにもかも手放せない。
余計な機能をどんどん背負って私の心は重くなる。
君がいなくなって、私は退化したみたい。
デリート
(あの頃みたいに、)
(片付けを手伝ってくれるあなたは)
(もういない。)
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