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すぅー…と気持ちのいい寝息をたてて眠りこける隣の彼女の顔を見つめる。

動くのも気だるく、手を伸ばした携帯
の表示は午前4時を回ったばかり。
きっと空は明けてもいないのに白々と明るいのだろう。触れば折れてしまいそうなこの首筋のように。

数時間前までの熱が嘘のように冷え冷えとしたこの季節の部屋の中には、夜の黒と二人の吐く息の白さしかない。

不意にその唇を塞ぎたくなって、
君がひんやり冷たくて好きだというこの両手で薄桃色の頬を持ち上げた。

"キス"なんて生易しいものでないぐらいに、隙間なくそこから酸素を奪う。

少しして息苦しさに気がついて
二重の寝ぼけた眼が開いた。

「   、」

すぐにとろんとした目がはっとしたけれど、抵抗する気配はない。

グラグラと水が揺れる感覚。
それが少し前に流行ったウォーターベットの影響なのか、僕の脳味噌が原因なのかは判断できない。
落ちる、より、沈むに近い世界。
行ったこともないのに深海が頭に浮かんだ。

本当にここが深海ならいい。
このまま沈んで、
残り少ない2人の肺の中の酸素が無くなるまでの短い間だけ生きればそれでいい。


パタパタ、

白いシーツから同じぐらい白い腕が伸びて、僕の腕を叩いた。
決して抵抗するわけでも、突き飛ばすわけでもない。

「   、」

さっきはなんと言ったかわからなかった。
しっかり塞がれた口を一生懸命動かして君の伝えたいこと。


『ねむい、』


それが君からのメッセージだった。
なんだか急にしょうもない気持ちになって、君から唇を離す。

"苦しくて眠れないから早くどけ"

彼女は呑気にそう僕に伝えたのだ。
そう気付いたら(あのまま2人で死んでいい)なんて考えた自分が酷く馬鹿みたいに思えた。

つい先程まで酸欠で死にかけていたはずの彼女は、何時の間にか、また隣ですやすやと夢の世界へ旅立っている。

感情とは無関係に働く本能が、僕の肩を荒く揺らして肺に酸素を送り込んでいた。

今の今まで全身を支配していた深海の圧力が引いて、浮遊感が頭に響く。

君の手を握って、
水面に向かって、
僕はゆっくり浮き上がる。


顔をうずめた君の髪の香りの中で

(少しでも長く生きて欲しい)

そんな能天気な事を考えながら、意識は静かにシャットアウトしていった。





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(もし深海に沈んだら、)
(僕の酸素を君にあげる。)






【2009/01/09】


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