転、転、転々、転
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夢遊病のような状態だった、といわれれば、そうだったかもしれない。

ただ、広い道路のど真ん中を歩いてみたいという感情は誰しもが一度は抱いたことがある気持ちだと思う。

それを僕は実行してしまっただけで。ただそれが高3の9月──受験期だっただけで。
今思い返せば疲れていたのだなぁ、と呑気な大学生の頭では思うのみだ。



と、今僕がここで話したいことはそんなことじゃない。
注目すべきは、そこには既に先客がいた、
ということだ。




勉強に嫌気がさして、気分転換にと軽い気持ちで家を出た。

といっても時刻は午前0:00を回って3時間。
行く宛なんかあるはずもなく、とりあえずコンビニに…なんて思ったときに目に入ったのが家の前の四車線道路だった。

ここの真ん中歩いたら気持ちいいんだろうな…なんて、思考するより前に足は動き出していた。



流石にこの時間には車の通りもほとんどなくて、いくらスピードを出していても避けようと思えば楽勝だな、なんて軽く考える。

夜明けを待ちきれないかのように白々とした空の下では、道路に等間隔に点在するオレンジの街灯はただ浮いて見えた。

緩い坂道になっている道路を、上を目指して歩いていく。
まだ夏の暑さが抜けきれていなかった去年の9月の夜は妙な熱を持っていて、暑いのか涼しいのかわからなくなる。その気候のせいなのか、部活をしなくなって鈍った体が悪いのか、少し歩いただけで顔の脇を、たらりと汗が流れた。


その汗を手のひらで拭ったときだった。


ふわり、と何処からか、微かな…それでいて強烈であるとわかるような甘い香りが流れてきて、

くるり、くるり、てんてん、くるり。


丸い何かが僕の足元を転がっていく。

思わず後ろを振り返って、それの行く末を見つめた。丸いそれは白い暗い住宅街をただひたすらに、一方向を目指して駆け抜けていった。
鼻を撫で回すような甘い匂いが当たりに充満している。


…ぽん。
一つの物体が僕の足にぶつかって止まったのがわかった。
また振り返ってそれを手にとる。


「、……桃?」


「そう、桃。」


肩がびくっと上下した。
突然僕のものより高い声がして、すっ、と細白い腕が伸びてきたからだ。

「ありがとう。」

伏せていた顔を上げるとそこには、破れた紙袋を小脇に抱えて桃を手に持つ女性がいた。

「桃。拾ってくれて、ありがとう。」

「あっ、いえ…」

用は済んだろうに、まだ他の桃を追いかけなければならないだろうに、彼女は僕の前を立ち去らない。


「…あなたこんな時間になにしてるの?」

それは僕の台詞だった。
目の前の女性は声からして僕より年上なのだろう。が、街を覆う不思議な明るさと首を傾げる仕草に、低い背丈、童顔、そして桃の香りが僕の感覚を麻痺させて恐ろしくなるほど判断がつかない。
見ようによっては中学生のようにも思えた。


いつからこの人はいたのだろう。

途中から誰かが歩き出す気配はなかったし、彼女の持つ紙袋にはこの道をずっと下ったところにある24時間営業のスーパーのロゴが印刷されている。

きっと僕なんかが歩き出すより前に、この人は坂を登っていたのだろう。



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