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□私のお口は忙殺マシーン
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「…それでねー、そのとき穂純がお金ないからって諦めて帰ったんだけどねー、なんと!家に帰ったらお父さんがそのドーナツ買ってきてたの!そういうところがお父さん好きなのー。
あっでもそういう話で言ったら、穂純も私が食べたいなぁって思うお菓子とか絶対買ってきてくれるんだよね。言わなくても。
そういうところがなんか通じてる気がするというか…好きなんだよねー……」
「そっか。」
「………。」
「………えっと。」
最近付き合いはじめたばかりの彼氏は無口な人で、私が黙るとその瞬間に音のない空間が2人の間に完成してしまう。
だからそれに気をつかって出来る限りに口を動かすんだけど…。
これが本当に楽しいのかは正直わかんない。
彼は一緒にいるだけでいいんだってよく言ってくれるけど私にはその気持ちが分かんないし、沈黙は気まずいだけ。
だからって彼にペラペラ話すことを望んでるわけじゃないけど。
「…あのね、最近出来た駅前のコンビニなんだけどね、あそこの店員さんにすごく瑛太に似てる人がいるの、知ってる?私瑛太すごく好きなんだけどね…ぁ、でも」
「…那都の周りには好きが溢れてるよね。」
私の話の腰を折って、唐突に彼が言った。
「ぇ…?駄目…?」
もしかしてやきもち?
怒っちゃった?
「いや、楽しいなと思って聞いてるよ。」
「…あ、そう?」
「………。」
「………。」
また流れた沈黙が嫌だから、なんとか頭の中で会話の糸を紡いでいく。
といっても私が一方的に話しかけるだけなのだけれど。
「…ねぇ、隆一は楽しい?」
「…え?那都ちゃんはどう?」
「私のことはどうでもよくて。
いっつも2人でいるときって、私が一方的に話してるだけだから…
友達にはよく私の話は長いしあんまり面白くないって言われるし…」
「俺は那都ちゃんの話、好きだよ。…でもずっと話すのが疲れたんだったらごめんね。」
「ぁそれは大丈夫だけど、」
隆一がニコリと笑った。
(そういう顔が結構好きだったりする。)
「那都ちゃんの話はいつも最終的には那都ちゃんの好きなものの話だからさ、なんか聞いてて楽しくなるんだよね。なんか…こんなこというと恥ずかしいけど…那都ちゃんと好きを共有してるみたいで。
だから、あんまり気にしないで話してよ。」
彼にしては珍しいぐらい長い言葉を、ポツリポツリだけど、伝えてくれた。
「…うん。わかった…」
とは言ったものの、なんだか急に口がうわふわ浮いてしまって、上手く動かない。
「…?どうしたの?」
「なななななんか上手く喋れない…!
いつもはこんなことないのに!!」
「いつもはないの?喋れなくなること。」
「…?うん。」
「…ふ。」
「なにがおかしいの?」
カァーっと赤くなった顔で隆一を睨む。
「いやただの独占心。
那都ちゃんの口を塞げるのは俺だけなんだと思ったら嬉しくて。」
なんの前触れもなく視界が暗くなって、
唇にマシュマロ押し付けたみたいな柔らかい感覚。
「…物理的な意味でもね。」
「…ふへ!?
ふぁぁあぁあぁあああ!?!?」
私のお口は忙殺マシーン
(制御権を持つのはアナタだけ。)
「ねぇ。安土となんかあったの?」
ポッキー加えて眉間にシワを寄せた穂純が、そう尋ねてきた。
「…え?なんで?」
「だってアンタここ最近、アイツの話しかしてないじゃん。」
「…んふふふふ、それがねー!!」
「ノロケ禁止!」
べちーん!と思いっきり額を叩かれる。
「っっっいったぁーー!
まだなにも話してないじゃん!」
「うっさい!どうせノロケでしょうが。」
「……ゔ、まぁ…。」
(なんでわかったのかなぁ…?)
(コイツってほんとに)
(好きなものの話しかしないんだよねぇ…)
【2010.02.07.】