センセイ、きいて
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「君の声が好きなんだ。いつまでも喋
っていておくれ。」

 それがセンセイの口癖だった。それ
を聞く度に私は虚しいと思っていた。


 センセイは私の声を聞く度にコロコ
ロと、それはそれは綺麗に笑った。例
えその言葉がとんでもない罵倒の言葉
だったとしても。

「本当に、本当に、いい声だ。もっと
聴かせておくれ。」

 センセイはいつだって私に優しかっ
た。常に体を冷やさぬようにと気を使
って下さる。だから私はセンセイとお
知り合いになってから、一度も喉を壊
していない。

 センセイは、例え私と会えなくても、
さして気にはしなかった。その代わり
一日でも電話をするのを忘れると、そ
の次に会ったときにはすこぶる機嫌が
悪かった。そういったとき、私はとび
きり甘い声で、センセイにすがりつい
た。するとセンセイはさっきまでの剣
幕が嘘のように、またコロコロと喉で
笑うのだ。

 センセイは、私の体を愛撫するのが
お好きだった。それに反応してリンリ
ン鈴のように鳴く私に、大層満足して
いた。しかし、口付けをして、私の口
を塞いだことは一度もない。


センセイ、
センセイ、私の声を聞いて、

「聴いているよ、いつも通りの可愛い
声だ。」

センセイ、
この声が他の誰かのものだったら、私
のことはお捨てになるの?

「いい声だ、愛しているよ。」

センセイ、
私、声を愛されるのは虚しいの。
私の言葉に意味はないの?
私の中身に意味はないの?

「こっちへおいで、耳元でよぉく聴か
せておくれ。」

センセイ、

センセイ、
センセイ、
センセイ、

あなたに私の声は聞こえないのね。


【2012.09.07.】


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