嫉妬。
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 彼女がまたそのCDアルバムを聴くよ
うになったのは夏休みの帰省がきっか
けだった。実家に帰り数日が経ち、そ
ろそろ地元の友達とも遊び尽くして手
持ち無沙汰になってきたころ、何か暇
潰しになる本でもないかと部屋のカラ
ーボックスを漁ったときに、そのアル
バムは出てきた。あるアーティストの
ベストアルバム。懐かしさに彼女はす
ぐさまそれをパソコンに取り込んだ。
 そのベストアルバムをきっかけにア
ーティストのファンになった彼女にと
って、それはまさに中学時代の象徴だ
った。すべての人類にとって最も黒歴
史が生まれやすい時期、中学生。彼女
も例に漏れず、そのアーティストへの
熱狂具合が祟って多くの黒歴史を残し
ており、高校に入学してからは自ずと
聴かなくなっていった。
 しかしこうして久しぶりに聴いてみ
ると、やはりいい。昔も大好き!カッ
コイイ!と盲信的に聴いてはいたが、
今こうして聴くとあの頃には分からな
かった深みがある、ように感じる。あ
の頃は良さが分からなくてあまり聴か
なかった曲も、こうして聴き直すとな
かなかに訴えかけてくるものがある。
まぁ、使っている音楽プレーヤーの質
が良くなった、というのもあるかもし
れないが。
 そうしてそのまま実家にあった彼ら
のCDをすべて取り込んで、東京に帰っ
てからも彼女はそれを聴き続けた。そ
の聴き込みようは、あるいは中学時代
のそれを超えていた。音楽プレーヤー
のスイッチを入れると、ギターのフレ
ーズに合わせてヴォーカルの無骨な歌
声が響く。帰国子女のヴォーカルの歌
う英語の歌詞は、その声色に似合わず
ひどく流暢だ。
 彼らの歌を聴いているとき、彼女は
いつでも泣きたい気持ちになった。気
付いたらすでに泣いていたこともある。
自分は中学時代を懐かしんでいるのだ
ろうか。最初はそんな風に考えていた
がどうやらそうでもないようで、あの
頃は全く聴かなかったような曲でもい
ちいち心に響いて涙が出る。幸せな家
庭の歌、叶わぬ恋の歌、激昂した愛の
歌、どれもこれもが彼女の心の琴線に
触れて、その涙を奏でていった。その
あまりの雑多さを彼女は不思議に思っ
たが、そうして泣くことに心地よさを
覚えており、あまり気には留めていな
かった。
 ある日いつものように部屋のステレ
オに繋いだ音楽プレーヤーを再生して
いると、携帯が鳴った。
『あなたは私にとってこの世のすべて
だったの』
 懐かしくなって設定した、このバン
ドの最も有名な曲のサビが部屋に響く。
上機嫌で携帯を開くと、そこにあった
のはつい先日までの片思いの相手の名
前。つい先日、彼女が失恋した相手。
用件は何てことのない事務連絡で、淡
々と返信メールを打っているときに、
ふと彼女は自分の涙の理由に気付いて
しまった。
 彼女の恋は全くもって独りよがりな
恋だった。ほとんど話したこともない、
直接会ったこともない相手に恋をして、
誰にもそのことを話すことなく、もち
ろん告白なんてもってのほかで、勝手
に相手の人物像を作り上げているうち
に、向こうに彼女が出来て終わった恋。
 恋愛には必ず相手がいる。無論、そ
れが恋愛の歌である限りそこには必ず
自分以外の姿が見える。しかし彼女の
感情には相手の姿がなかった。(そう
いった意味では彼女の感情は恋愛と呼
ぶには相応しくなかったのかもしれな
い。)だから彼女はどの曲を聴いても
感情移入が出来なかった。感情移入が
出来ないからこそ泣いていた。
 つまり言い換えれば彼女は、どの曲
の内容も自分には関係のない話だから
泣いていたのである。
 そう気付いたら途端に虚しくなって、
実家から唯一持ってきた例のベスト盤
を2つ折りに割って、音楽プレーヤー
のスイッチを切った。もう涙は止まっ
ていて、当分出そうにはない。



(この世のすべての愛だの恋だの、に。)


枯れた涙と乾いた心。
【2012.09.11.】


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