暴食。
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 端から見れば、何故この2人が?と
いう組み合わせであった。抜群に容姿
が良いというわけではないが、何故か
女には困らないような男、常に己を好
く女が2〜3人いるような男が久しぶ
りに横に置いたのはなんの変哲もない
女だった。

 2人の出会いは食堂でのことだった。
容姿、性格、能力。どれをとってもな
んの変哲もない女だったが、唯一変わ
ったことがあるとすれば、食の太さが
人と比べものにならないことである。
別に食べても太らないというわけでは
ない。ただ、軒並み外れたその食の量
に比べれば中肉中背を少し出た体型す
ら細く感じた。
 その日も女はいつものように同僚と、
食事をしていた。女性の昼食とは思え
ない、量。それを無表情に平らげてゆ
く女の姿を、遠くに足を止めて眺めて
いた男。男はほぅ、と感心の息を零す
と、女に声をかけた。

 女は取り立てて男のことが好きとい
うわけでもなかった。社内での恋の噂
から、その存在は─少なくとも顔と名
が一致する程度には知っていたが、そ
の恋の噂から、あまりいい印象は抱い
ていなかった。いい印象は抱いていな
いと言っても、あくまでそれまでだが。
そんな女が何故今側にいるかと問われ
れば男が求めてきたからで、それに更
に補足を入れるなら恋人への憧れであ
った。女は今までに幾度か良い関係に
なりかけた人がいたが、どれも恋人と
なる前に相手から離れていった。皆彼
女の食い気に引いてしまったのである。

 彼女は量を食うが、決して食が好き
というわけではない。しかもそれが顔
に出る。だから最初はその食いっぷり
が好きと言い寄る者もいたが、何を口
にしても無感動に、与えられた業務を
こなすように食す彼女に不気味さを覚
えては離れていってしまった。

 女が取り立てて男を好きではないよ
うに、男もまた女に対し、取り立てた
愛情を抱いていない、というのが女の
見立てであった。そしてこの男が唯一
私に興味を示すときは、自分が物を口
にしているときであるとも。
 恋人というものへの興味と、数多の
女が欲しがる物件であるということを
理由に男を許容した女であったが、す
べての男を引かせる要因であったこの
食癖に惹かれるこの男に気味の悪さを
覚えていた。

 女の見立て通り、男は女に愛情を抱
いていたわけではない。正確にいえば
男は女に愛情を抱いた記憶は一度もな
い。いつもいつでも相手から求められ
るゆえに答えていただけだ。それにも
既に辟易していた。しかし今回女に抱
いた感情は確かに今までとは種を異に
する─自発的なものだったが、それは
どちらかと言えば親近感に似たもので
あった。
 無表情に淡々と食を口に運ぶ女を見
て男は思う。その仕草は別に美しくも
醜くもない。味わう喜びも不味さへの
不満も感じられない。そうだ、その通
りだ。人より食せることが、人よりそ
れを好むということではないのだ。こ
の女だって、天命によりこの食癖を与
えられただけ。自ら望んで得たわけで
はないのに、何故それを楽しまない、
と他から責められなければならない。
 そう思って、男は安堵する。自らの
負うものは罪ではないと、思い至って
安堵する。



(ひとつひとつを味わえないこと、はたしてそれは罪なのか。)


【2012.10.02.】


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