明けの明星
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 男が最初にそれに惹かれたのは、な
にを隠そう我が国の国旗を見たときだ
った。
 青い空にたなびく白、その中央に堂
々と居座る赤のコントラストの美しさ。
テレビで初めてそれを見たときから、
彼はそれの虜だった。

 男は元来純粋な心の持ち主であり、
それ故の衝動で動くことが多々あった。
 その日はいつもよりほんの少し早く
仕事が終わって、それ故に帰宅が早ま
った。扉を開けると、軋むベッドの音。
まだ昼間だというのに薄暗い部屋の中、
見知らぬ男と母。2つの裸体。

 次に男が気付いたとき、彼は目まぐ
るしい白と赤に囲まれていた。その中
でも目を引いたのは、母の背の白、広
がる赤。それは今まで見たどのコント
ラストよりも美しく、男のすべてを高
揚させた。

 以来男は他に対して、決して違うこ
とのない誠実さを求めるようになる。
特に自らを恋い焦がれる者に、男は徹
底的な忠誠を求めた。男は裏切りによ
り自らの小鳥のような心臓が痛むこと
を何よりも忌み嫌っていた。
 裏切りを感じたあと、男の意識は飛
んだ。気付くと彼を囲むのは、いつも
通りのあの光景。
 そして男は高揚を覚える。汚れのな
い白に広がる赤。鮮やかな丸。剥き出
しの背を伝う歪んだ丸。白い布に滲む
歪な赤。
 どんなに些細な裏切りでも、男の心
臓は痛んだ。しかしそれを忌み嫌う傍
ら、彼はそれに期待をしていた。

 その日も男は自らを慕う少女と連れ
添って歩いていた。彼女は身につける
のは真っ白いワンピース。男がこの世
で最も好む服。体の弱い少女によく似
合う。
 少女との生活は今のところ順調だ。
彼女は粛々と男の言葉を守る。男はそ
れに安らぎを覚える。それが破られる
ときの高揚を、密かに胸に蓄えながら。

 公園を歩いているときに少女が倒れ
たのは、本当に突然のことだった。
 男は冷たくなった身体には慣れてい
たが、不規則に息をしながら苦しむ、
生きた身体には耐性がない。戸惑うば
かりで男には、助けを求めることしか
出来ない。

 スーツの老人が2人の前に現れたの
は、彼女の息も随分絶え絶えになった
ころだった。いつもと異なり白いまま
に倒れる彼女の前で男はただ放心して
いた。
 スーツをかっちり着込んだ、ロマン
スグレーの上品な老人。老人は徐に男
の前、彼女の横にしゃがむとその胸に
手を当てた。

『悪い血が巡っているようです。』

 老人が静かに手を上に引き上げた。
それに連れられるように、彼女の中か
ら浮き出てきたのは、赤い玉。輪郭の
滲むことのない、赤い血の玉が現れた。
今までに見たことのない、完璧な球。

『もうこれで大丈夫です。』

 命の危機を越えた彼女より、その身
体から現れた赤い球にばかり、男の関
心はいく。足元の彼女には目もくれず、
老人の手元を見つめる。

「いったいどういった仕組みなのです
か?」

 老人は笑うばかりで答えない。

「どうしてこんなことが出来るのです
か?」

『私が天使だからです。私の職は天使
なのです。』

 静かな静かな声。男は喉を鳴らした。

「どうしたら、貴方のようになれます
か?」
『綺麗な心と、綺麗な体を持つことで
す。』

『貴方の手は汚れています。真っ赤に
真っ赤に汚れています。』

 貴方にはもう出来ませんよ。そう静
かな声が響いて、老人の背が遠ざかる。

 男は自分の手を見つめた。壊すばか
りの彼が求めていた、赤と白のコント
ラスト。壊すまでもなく、しかも、よ
り完璧な形で人を救うことが出来たの
に。
 もう自分にはそれは出来ない。彼の
手は真っ赤に真っ赤に汚れていた。






(気付いたときには、もう遅い。)





【2012.10.04.】
ずいぶん厨二病なお話で、


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