怠惰。
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 小学生のくせに人の顔色ばかり伺って、愛想も調子もよくて。なまじっか顔も可愛くて人気者で。そんな俺だから、彼女の頼みを断れなかった。

『直継くん、淳夫くんと仲良いよね。これ…、淳夫くんに渡して欲しいの。』

 夏休みも間近の昼休み、好きな子から差し出されたのは、俺へ宛てた手紙ではない。ちょっとだけ下手くそな、可愛い字で書かれているのは、俺の親友の名前だった。

「…、おっけー!告白?きっとうまく行くよ、2人は両想いだろーしさ!」

 もじもじと顔を赤らめる彼女を散々にからかって、手紙を受け取る。事実、俺の言葉は本当で、彼女と淳夫は両想いだった。
 淳夫が俺と同じ気持ちなのは、ずっと前から気付いていて、それでいて少し馬鹿にしていた。お前みたいなインドアが、あの娘のことを好きなんて。クラスの他の女子みたいに、あの娘もドッチボールが強くて足が速くて、そんな男が好きに決まっているのに!
 “彼女が誰を好きかは知らない、でも少なくとも淳夫より、俺のほうが理想に近いだろう。”
 そんな恥ずかしい思い上がりと初恋の幻想を砕かれて、遠ざかるあの娘の背を目の隅に、手中の封筒をグシャリと握りしめた。


 告白くらい自分でしろよ。

 結局その日の内に淳夫に手紙は渡せなくて、ふつふつと後ろ暗い気持ちが湧き上がってきたのは、帰り道の橋上だった。

 手紙を渡すにしろ、告白にしろ、直接言うのがいいに決まっている。どうせ2人は両想いなのだから。俺が渡さなければ、彼女ももう一度告白を考えるだろう。そのときは自分で渡せばいいのだ。もし自分じゃ恥ずかしくて出来ないというのなら、その程度の“好き”だっただけで、本当の“好き”じゃなかったんだ。

 自分の意気地のなさを言い訳するように、次々と黒い気持ちが心に満ちた。
 捨ててしまおう。
 ポケットから取り出した可愛らしいピンク封筒を、まじまじと見つめる。何度見ても、そこに記されているのは淳夫の名前。
 一瞬封に手をかけて、しかし開くのは止めた。プライバシーに踏み込むのを恐れたのではない、そこに書かれたことを見て、自分が傷つくのが嫌だった。

 橋の上からビリビリに破かれた桃色の紙切れが、水面にひらひら降り落ちた。



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