rack
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 「棚に上げる」とはよく言う慣用句だが、彼には文字通り、自分に都合の悪いもの・もう要らないものを部屋の棚に上げる習慣があった。
 いつから?と聞けば、小学生のときにはすでに部屋の押し入れに秘密を貯め込んでいたらしい。ある日それが崩壊して、母親に赤点の小テストを丸々発見されたという。
 そんな風に人生で何度も痛い目を見てきたにも関わらず、彼は変わらずそこを選ぶ。
 まあ、それが他人にばれている時点で到底秘密とは言えないのだけれど。

 彼のその癖に気付いてからはどうしてもあの棚が気になって、毎回部屋に入る度にちらりとそちらに視線がいった。
 軒並ぶ彼の昔の恋人との思い出に、思わず苦い笑みが浮かぶ。それと同時に、ほんの少しの優越感。
 棚に上げられた女たち、棚の下のテーブル上、今ここにいる私。
 何にせよそこを覗き見ることで、彼の心中を掌握することがひどく私には愉快だった。今思えば、掌握した気になっていただけなのだろうけれど。

 ある日物言わぬ彼女たちの偶像の中に、ひっそり紛れ込んだシルバーのピアス。
 彼の浮気だった。

 あれはいつ頃だったろう。
 会話が減って、喧嘩が増えて。
 部屋から減る私のもの、棚に増える2人の思い出。

 ちらり。部屋に入って棚を見る。自分の存在が、どんどん彼の中で歪んで、霞んでいくのを感じる。

もう終わりにしないか。」

 あの日とうとう切り出された別れに、私はただ大声で喚いた。
 棚の上に飾られた私。分かり易く彼からの否定を受けてもなお、明るく笑ったままの、物言わぬ私。シルバーのピアスは、いつの間にか机の上に降りていた。

 言葉にならない声を上げ、手当たり次第に物を投げる私に背を向けた彼は、するりとドアを抜けていった。そうやって都合の悪いことから目を逸らして、埃を被せて風化させて。
 ちらり。物言わぬ笑顔の私。いくら乗せても崩れない、丈夫な棚。憎らしいピアス。
 ぐちゃぐちゃに荒れた部屋の中をさらに荒らして、ドライバーを探した。先ほどの攻撃の最中、彼のお気に入りのソファーに傷を付けたプラスドライバー。
 ドライバーを手に棚に近付く。物言わぬ笑顔の私。を、ピアスの横に降ろして、ゆっくりゆっくりドライバーを回した。

 あと1つでも物を乗せたら棚ごと崩れるようにと、意地の悪い悪戯を仕掛けて、彼の部屋の扉を抜けた。
 電気の消えた部屋の中、並んでいるのは棚に戻されるであろう笑顔の私と、銀のピアス。





【2012.10.20.】


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