(私の)秘(密を)(ここに)書(す。)
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「いい大人がいつまでも泣いてないで仕事し
なさいよ。」
 だってだってとべそをかく、社長…という
か同僚というかの頭をファイルで叩く。この
童顔で私と同い年のにじゅう…げふんげふん
歳というのだから、世界の仕組みはおかし
い。そしてこのへたしたら中学生にも見えそ
うな童顔が泣きじゃくっている理由が、不倫
相手との離縁というのだから、世界の仕組み
はおかしい。腐ってる。
「相手に別れを切り出されるのも、飽きて自
分から捨てるのも一緒じゃない。」
 (いつもみたいに、)と心の中で毒づく。
「そんなことより早く例の舞台の美術プラン
上げて。」
「そんなことって!」
 大学の同期のこの男と2人、デザイン事務
所を立ち上げたのももう数年前のこと。名目
上の責任者は彼だが、実質は私の経営能力と
彼のデザインセンスで成っている。今では社
員も増え、小規模ながらようやく軌道に乗っ
てきたところだ。
「何回目かもわからないあんたの別れ話なん
てそんなことじゃない。」
 美的センスと可愛らしい顔だけは本物だ
が、この男のそれ以外はただのクズだ。大学
時代から女性関係はだらしなく、結婚して奥
さんがいる今もこうして定期的に不倫に勤し
んでいる。
「でも今回はいつもと違う!フラれた!!」
「だから、遅かれ早かれ飽きたらどうせあん
たから振ってたんでしょう。」
 どうせあのお人形みたいな奥さんと別れる
気はないんだから。
「飽きたら、ってひどいな。でもそりゃあ好
きじゃなくなったら別れるよ、当たり前じゃ
ん。でも今回は違うじゃん!まだ好きだった
のに!」
 ななみさぁぁ〜ん!!と不倫相手の名前を絶
叫しながら阿呆は机に伏し、その振動で書類
の山が崩壊する。片づけるのは、勿論私だ。
幸か不幸か学生時代からの付き合いの中でこ
の情けない男には流石に耐性がついてしま
い、苛立つことも、もうない。学生時代から
コイツに泣かされる女を何人も見てきて、そ
の中で学習したことは、欲しがるから辛い、
だ。見返りを求めず、ただ隣にいることを望
むなら致命傷を負うことはない。というか、
私の場合は最初からそういう対象として見ら
れることが皆無だったんだけど。
 それにしても今回の女は頭のいい方だな、
と思う。捨てられる前に捨てることで、多少
コイツを傷つけることが出来るのか。ま、そ
れもすぐに次のオンナでころっと忘れるのだ
ろうけど。
「はいはい、そうですね。じゃあとりあえず
このデザイン上げましょう。そしたら飲みに
でもなんでも行って、アンタの失恋に付き合
ってあげるから。」
 そういって先程崩れた紙の山から、次の案
件の平面図を渡す。聡子さん…と子犬のよう
に目を潤ませた顔は、それを受け取ると黙々
と机に向かい始めた。
きっとまだ部屋で独り泣いている不倫相手の
ナナミさんに同情しかけて、止める。



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