(私の)秘(密を)(ここに)書(す。)
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「いっそこの世が僕にとっての理想郷なら
さ、」
 感傷から醒めたのか、ある程度作業にめど
がつきここからは明日、と勝手に図案をたた
み始めた彼が唐突に話し始めた。
「この世の男は僕一人で、」
「世界中の女の子はアンタのもの?」
 コーヒーを淹れながら私が思わず言葉を遮
ると、まさか!と素っ頓狂な声を上げて非難
のまなざしを向けられた。聡子さんの考え方
は不純だなぁ、なんて、それアンタが言う?
「世界に男が僕一人なら、女の子はミユキち
ゃんだけだよ。
そうしたら誰も傷つけなくて済むしさ、僕は
幸せだしさ、最高じゃん。」
 ミユキちゃん…とうわごとを言いながら、
呆けた顔で阿呆が椅子をくるくる回す。ぶつ
かって崩れた書類の山を片付けるのは、勿
論、私。
「女の子はすきだけれど別に傷ついたり傷つ
けたりしたいわけじゃないからさあ…。」
「アンタと奥さんだけの世界かぁ…。シルバ
ニアファミリーみたい。」
「誰も文句のつけようのない美男美女夫婦だ
からね!」
 ミユキちゃん…ミユキちゃん、ミユキちゃ
んがこの世界で一番かわいい大切だ!と酔っ
たように、いつものごとく繰り返す同僚を尻
目に、書類の山を片付ける。そんなに大切な
奥さんがいながらなんで浮気するかなと、給
料の出ないトラブルに小さくため息をつく。
「浮気なんて失敬な!僕はいつだってミユキ
ちゃんだけを愛してる!」
「いいから早く帰る準備しなさいよ、明日に
は一件納品なんだから。」
「かわいい女の子はみんな好きだけど、愛し
てるのはミユキちゃんだけだからね!ミユキ
ちゃんがいれば他には何もいらない!」
 あ、でもミユキちゃんに本気だって意味で
は他は浮気かな、でも、お互い楽しく一緒に
いるだけだしな、なんて今まで何回聞いただ
ろうクズ野郎の理論を聞き流しながら、頭に
浮かぶのは今まで何人いるだろうかわからな
い傷ついた女、女、女の顔、…いけない、仕
事仕事。


 いつの間にか帰り支度を終えている彼がこ
ちらに「お疲れ様」と声をかけた。残業?な
んて解りきった問いに誰のせいだか!と書類
を投げる。
「それ、今晩中に目を通してきてね。」
そしたら今日は帰っていいから後は私がやる
から、とパソコンの画面から目を離さず告げ
た。
「…いつもありがとう、聡子さんがいてくれ
て本当に助かる。なんだかんだ優しいし、傷
ついたら慰めてくれるし、」
「そう思われているのはひどく心外だわ。」
「うーん、やっぱ僕の理想郷には聡子さんも
必要だな!」
 聡子さんいないと寂しいし、ミユキちゃん
と僕だけじゃちゃんと生きていけそうにない
よね、なんて無邪気に笑う彼を思わずまじま
じと見つめてしまった。


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