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□絡まった糸を解いて
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「どう考えても3月は時季じゃないと思うんだけど」
「そんな春になってマフラー着けてる人なんていないよ」
「どうせ上手く行かないんだから諦めなよ」
…少し茶々を入れすぎたか。
目の前の恋する乙女から、顔に鉄拳制裁を喰らった。
(俺の唯一の取り柄は顔だけだ、と言ったのは君なのにまったく酷いものだ。)
「うるさい邪魔すんな」
「邪魔もなにも教えてあげてんのは俺のほうなんだけどな。
しかもかれこれもう去年の11月から。」
また顔が赤みを帯びてきた。
恥ずかしいことや都合の悪いことを言われたときの幼なじみのこの顔が好きで、ついからかってしまう。
彼氏へのクリスマスプレゼントとして編み始めたマフラーの完成をみずにクリスマスは去り、いつの間にか冬までが街から去ろうとしている。
それでも諦めの悪い彼女は3月の彼氏の誕生日に間に合わせようと、必死に毛糸玉と格闘している。
「あーあ。また間違った。」
もう3ヶ月以上は毎日扱っているはずなのにどうしてこうも上達しないのか。
「アンタの教え方が悪いんじゃないの!?」
「わぉ。そりゃないな。
俺は教え方に関しては誠実だよ。
じゃなきゃ母親にぶっ飛ばされる。」
俺の母親は編み物のプロで、数冊本を出版するほどの腕前である。
小さい頃からそんな母の隣にいたのと、その遺伝子が幸を奏して、俺はその辺の女子どもなんかより数段手芸と仲良しだ。
そこを見込まれて、母の元に相談にきた隣の家の娘さん専属の編み物家庭教師をしているのが今のこの状況なのである。
一応本人からではなく母親を仲介しての依頼なので、もし俺が適当な教え方などして作品が完成しなかったらそれは、母の責任にもなる。
そうなれば根っからのプロ気質な彼女は、俺を許してくれないだろう。
「だから、マフラーが完成しないのは正真正銘君の不器用が原因。」
まぁ、完成しないほうが好都合って思ってるのは確かなんだけれど。
「もしアンタがお隣さんじゃなくて美里さんの息子じゃなかったら絶対こんなこと頼まないのに!
てかもしアンタがお隣さんじゃなくて幼小中高と幼なじみじゃなかったら絶対口なんかきかないのに!部屋になんか上げないのに!」
「憎まれ口叩いてる暇があったらマフラーに集中して。毛糸絡まってる。」
ベッドの上に寝転がったまま、赤い糸に出来上がった結び目を指摘する。
彼女は力任せに解こうとするけれど、生憎結び目はそんなことでとれるほどがさつな構造のものではない。
「貸して。」
彼女の腕ごとマフラーをこちらに引き寄せて、結び目の解読に協力する。
「ねぇそんなに俺のことキライ?」
意図せずして口からそう漏れた。
(実はさっきの彼女の言葉で相当傷ついていたというのは秘密だ。)
「………キライ。」
とても驚いた顔をして、それから少し迷いの間を置いて、彼女がそう答えた。
その間だけで俺には充分だった。
「そっか。俺は大好きなんだけどな。」
君の顔が見る見るうちに赤くなる。
あー、きっとまた殴られるな。
じゃあどうせ殴られるなら、
絡まった糸を解いて
(ついでに指を絡めて)
「あら、修くんどうしたの?」
「どうせ穂純ちゃんにセクハラでもして殴られたんでしょ。まったく父親に似て手が早いんだから。」
部屋を追い出されて行き着いた一階では、おばさんと母親がお茶をしていた。
あながち間違ってもいないので、母親に反論することが出来ない。
何がいけなかったのか予想に反して全力で殴られた頬が、ヒリヒリ痛む。
おばさんが持ってきてくれた氷嚢を当てたが対した効果はない。
「ごめんなさいねー。
あの子ったら恥ずかしがり屋だから。
ホズミー!
降りてきて修くんに謝りなさーい!」
いいんです、とおばさんに氷嚢を返して玄関に向かうと、ついでにと母親がついてきた。
「あんまり気持ちごり押ししすぎるのは良くないわよ。」
ドアを閉めながら母親が言う。
「人の気持ちってのはそんなに単純な作りじゃないんだから。」
【2010.02.07.】