□不器用め(山獄)
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夏の終わりかけた9月。
いつの間にか茹だるような暑さもなくなって、うるさいくらいだった蝉の鳴き声も聞こえなくなっていた。
風はちょっと冷たくなってきて、半袖の開襟シャツじゃ足りなくなって長袖を着てネクタイを締めた。


秋というのはどうしてか俺に寂しさだけを植え付けていく。

それが俺の生まれた日。

















9月8日21時半過ぎ。
本当であれば俺の隣にはやまもとたけしがいつもの笑顔を浮かべてそこ居た筈なのに、今俺の隣にはぽっかりと穴が空いたように誰もいない。
0時丁度、俺が一つ歳を取る、その瞬間に一緒に居たいと言ったのは野球馬鹿の筈なのに、奴の定位置だったそこには今大きなテディベアが置かれている。

去年の誕生日に渡されたそれは中学生男子の部屋には少し可愛らし過ぎて、浮いている。でもなんだかそれが山本らしくて手を伸ばして抱き締めた。
すん、と鼻先を埋めて匂い嗅げばあの野球馬鹿の匂いが鼻腔を掠めていった。



9月8日火曜日。

山本は学校にすら来なかった。
携帯も、出ない。「喧嘩したの?」と十代目が遠慮がちに問い掛けてくるのにいたたまれなくなって「すみません、今日はフケます」とだけ言って俺は学校を後にした。


喧嘩、ケンカ、けんか。

そんなものした記憶はないし、これと言って山本を怒らせるような事もした記憶はない(実際奴は俺に対して怒ってる様子は見せなかった)。

丁度一週間くらい前からどうしてか急に山本は俺を避けるようになっていったのだ。

しょっちゅう他の奴とツルむようになって、昼飯も別の奴とで、問いただそうと捕まえてもはぐらかされるだけで、十代目と俺と、三人でいる時間はほとんど無くなっていった。


















ぽたりと涙が落ちた。
テディベアの"たけし"を抱き締めて隠しても誰かが見ているという訳でもないのに、不意に溢れ出したそれを認めたくなくて俺は顔を"たけし"に押し付けた。

その柔らかい毛の感触と、微かに香る山本の匂いに、また涙が出そうになるのを必死に堪えながら俺の頭に浮かんだのは"どうしよう"という単語。

それだけがぐるぐると頭を回ってループする。




山本は俺を嫌いになったのかもしれない。


素直になれない俺に愛想を尽かしたのかもしれない。


無意識の内に怒らせるようなことをしたのかもしれない。















俺の生活に入り込んで来るアイツが最初はウザくて堪らなかった筈なのに、いつの間にか山本武という男は俺にとってなくてはならない存在になっていて、いなくなると泣きたくなるくらい大事な人になっていて、傍にいないと不安でどうしようもなくなるくらい俺の中に溶け込んできていた。




「やまもと…、ッや、まも……」


ぼろぼろと次々と溢れ出してくる涙はもはやそのままで、声を上げて泣いた。

胸が痛い。

心が痛い。



俺が産まれた日。

俺の母親が死ななきゃならなくなったその日。


俺を産んだその日に母さんが死ぬ運命は決まっていたんだ。
また一人、俺の掌からは大事な人ばかりが摺り抜けるように零れ落ちていく。

一緒に居たいのに、大事にしたいのに、もう俺には大切な人を守る権利すら与えられていないのだろうか。







肌寒い風の吹く窓を閉めて、もう寝てしまおうと"たけし"を抱いたままベッドに入る。
9月8日23時と50分を少し過ぎたところで、ドアのチャイムが一度、室内に鳴り響いた。


もしかして―――…一瞬だけの希望の光が俺の視界を過ぎる。
扉を開けた先に居たのは宅配便屋の格好をした男だった。



「…獄寺さんに宅配便です、サイン貰ってもいいすか?」










涙が溢れて止まらない。
きっと俺は今、目を赤くしてどうしようもなく情けない顔をしているだろう。



なんで、どうして、ばか。


届いた郵便物を受け取る事なく目の前の男を抱き締めた。カチリ、と時計が音をたてて宅配便屋の携帯のアラームが鳴り出した。

0時、丁度。
男は顔を隠していた帽子を取って応えるように俺の背中に両手を回してキスをした。
現れた黒髪に、耳に心地いい声に、もう壊れた涙腺からは涙が止まる事はない。














「Buon compleanno、隼人」


俺はやまもとの腕の中で、また一つ歳を取った。
















不器用め
(俺もお前も同じくらい)

fin.





獄が・・・テディベアにぎゅって・・・!!←
しかも名前は“たけし”!!萌っ!!
サプライズ山本の演出も素敵すぎるvv
そして、それに抱きつく獄がまた可愛すぎる・・・!!
素敵な小説、強奪させていただきました。
ありがとうございますvv

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