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□後ろに貴方を乗せて
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『先輩!!海に行きましょう!!』
そう言っていきなり後輩(…一応恋人)に連れ出されたのは2時間前。何の前触れもなしに今から海に行こうと言われ、半ば無理矢理ヘルメットを被せられ、いつの間に買ったのかも分からない大型のバイクに乗せられた。言ってやりたい事は山程あったが、バイクが切る風が心地良かったのでひとまず文句は全部飲み込んだ。
「もうすぐ着きますよ」
心底嬉しそうな声で山本は言った。2時間ノンストップでバイクを走らせているのに元気な奴だ。そうか、と苦笑しながら腰に回していた手に少し力を込める。
「せ、先輩?!」
明らかに動揺した山本の声に気分を良くした俺は、安全運転で頼むぞ、と言って身体をぎゅっと山本の背中に押しつけた。
「こういう時だけ積極的だなんて、先輩反則ですって…」
「何か言ったか??風で聞こえんぞ」
「なにもいってません!!」
大きな声で答えた山本に声を立てて笑ったら、背中越しにしょげた感じが伝わってきた。全く可愛い奴だ。
「極限綺麗だな!!」
眼前に広がる大海原に感動しながらガードレールの上から身を乗り出す。
「ちょ、先輩!!落ちますよ!」
ヘルメットを外して一息つこうとしていた山本が慌てた様子で駆け寄ってきた。ここから落ちたら即死だな、なんて笑って言ったら眉をハの字にして冗談やめてくださいよ、と弱々しい声で溜め息を吐かれた。そしてそのままぎゅっと後ろから抱き締められる。いくら人がいないといってもまだ昼前だ。離れろ、と言っても強情な後輩はびくともしない。
「先輩とバイクで海に来るの、俺の夢だったんですよ」
首元に顔を埋めながら山本が呟いた。なんだその夢は、と呆れて見せれば、ガバッと勢いよく顔を上げた山本に正面から見つめられた。
「昔、自転車で一緒に海行った事あったじゃないっすか??」
「そういえば、そんな事もあったな」
確か十年前の事だ。並盛から海までは結構な距離があって、自転車で片道4時間掛かった。あの頃は山本も俺もただの体力馬鹿だったもんだから、どちらが先に着くかなどとくだらない競争をして、海に着くなり砂浜に倒れ込んだ。海が綺麗だ、なんてのんびり眺める事もせず、上がった息を整えるので精一杯だった。
「あの頃はお前も俺も若かったな」
苦笑混じりに当時の事を思い出していると、ふにゃりと表情を崩した山本が嬉しそうに言った。
「あの時、俺決めたんすよ。今度はバイクの後ろに先輩乗っけてこようって」
確かにあの時は帰りも散々だった。疲れて砂浜に寝転んでいたらいつの間にか2人共眠ってしまい、ふと気付いた時には既に夕方になっていた。そこからまた必死で自転車を走らせて、家に着いたのは夜の9時過ぎだった。夕方には帰ると言っていたせいで親には怒られるし、砂浜で無防備に寝ていたため身体は日焼けでヒリヒリするしで本当に散々だった。
「確かにバイクなら十年前みたいなことにはならんな」
「先輩とゆっくり海見たかったんすよ」
「…そうだな」
本当に嬉しそうに笑う山本の笑顔に照れくさくなって外方を向いた。
「なんで今日先輩を海に連れて来たか…分かりますか??」
唐突に質問されて、自分が聞かなければと思っていたあれやこれやを思い出した。
「極限に忘れておった!!お前いつの間にバイクなんぞ買いおったのだ??」
「質問してるの俺なんすけど…」
「いいから答えろ」
「ん〜、俺の質問なヒントになっちゃうかもなんすけど…昨日ですよ、昨日。今日の為にわざわざ用意したんす」
「…今日の為??」
うーん、と首を捻りながら考える。ボンゴレ所有のいつも乗っているバイクがあるというのにわざわざ山本は自分用のバイクを買った。しかも今日の為に。そして十年前の話。…まさか。
「十年前の…今日だったのか??」
ぽつりと呟いた声に山本がきらきらと目を輝かせた。間違いない。山本はあの悲惨なデートのリベンジをしたかったのだ。
「ボンゴレのバイクじゃなくて、俺のバイクに先輩乗せて連れてきたかったのな」
「…馬鹿者」
なんて恥ずかしい奴だ。こいつは大事な事は何一つ覚えんくせに、俺との事は一から十まで全て覚えている。
「先輩ひっでーの!!」
俺が本気で呆れている訳ではないと分かった山本はけらけらと楽しそうに笑って抱き付いて来た。
青い海と白い雲と涼しい風。
十年前もこうだったのかもしれない。
End.