novel(HQ!)

□夏の始まり
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まだ、終わってない。






『 夏の始まり 』 







「岩ちゃーん」

「あんだよ」


まだ6月に入ったばかりだというのに夏のように暑い。
部室に暑さをしのげるような機器などもちろん置いていないので、室内は外より湿気が高く感じる。
試合が終わって、次の日はミーティングのみで練習は休み。
せっかくのオフ、そりゃ用が済めばさっさと帰りたいのが誰しもが思うことだろう。
しかし、俺と及川はまだ部室にいた。


「なんかさー、試合の次の日のガッコがいちばん疲れちゃうよねー」

「俺はお前が女子に囲まれてるのを見るのがいちばん疲れるけどな」


お互い、目を合わさずに会話をする。
それも、別に不自然ではないこと。



インターハイ県予選、白鳥沢学園にストレート負け。
先ほどのミーティングでも、決勝のビデオを見ながら分析をしたところだった。
昨日味わったあの敗戦の味。
映像を見るとまたそれが蘇ってくるが、それよりも次、明日から全国へ行くためにどんな練習をしていくか。
それを話し、また春高予選に向けて士気を高める。
そんな主旨のミーティングだったため、悔しいとか、そんな思いは口には出さない。
主将である及川は、皆をまとめいつものように冷静にミーティングを仕切っていた。

俺たち青葉城西の3年生は、もちろん春高まで残る。
さっきだって、春高に行くための話し合いをしたところなのだ。


「岩ちゃーん」

「あんだよ」


再びそう答えたところで続く言葉が返ってこなかったので、
ケータイに落としていた目線を上げてそこで初めて及川を見た。
及川は窓の外に広がる空を見ていた。
6月、もう少しで梅雨に入るだろうか。
普段の練習後ならもう陽が落ちてしまっているが、今日は青空が広がっていた。
窓から入る風は夏とは違いまだ心地よい。
インターハイ予選の時期は、いつもこの時期。
自分たちの気分とは正反対な、梅雨入り前のとても綺麗な青。


「俺たちさ、もうインハイ出られないんだね」


俺は及川を見たが、及川は俺を見ていなかった。
空に顔を向けたまま。


「…春高があるだろ」

「春高じゃなくてーぇ、インターハイだってばー」


そんなこと言われなくても言いたいことは痛いほど分かった。
同じ全国規模の大会。
しかし、ふたつは別物。
そのうちのひとつに出場する機会を、もう俺ら宮城県の高校3年生は持っていないのだった。
白鳥沢以外。


「春高のほうがいいじゃねーか。
 インハイより注目されるし、テレビも映るし」


ほらお前なんかテレビ来るほうが燃えるだろ、と及川に向けていた目線を再びケータイに落としながら答える。
そうだな、なんて軽々しく言えなかった。
結果的にその通りなんだけど、

だってお前、空見ながらどんな顔してんの?


「うーん、そうだねー
 まぁ岩ちゃんより断然俺が注目されるだろうからねー」


またファンが増えるなーと軽い口調で空に向かって言う及川。


「そうだな」


そう答えると及川が初めてこちらを見たのが分かった。
俺はケータイを睨みながら続ける。


「お前、いいセッターだし、そりゃ注目されるわ」


ウシワカ倒して全国行くなら尚更な、と。
言ったところで食い気味に及川が俺のおでこに手を当てながら驚いた顔をする。


「い、岩ちゃんどうしたのっ?ね、熱でも」

「ねーよクソ及川!」


ばっと及川の手を振り払い、頭にチョップを入れる。
ちょっとでも褒めるとこうだ。


「だ、って岩ちゃんがそんなこと言うとなんか病気なんじゃないかって」


椅子に座り込み、大げさに頭に手を当てた及川がわざとらしく涙目で言った。

分かってる、分かってるよ。
お前の気持ちは、他の部員誰もわからなくても、俺がいちばんよく分かってる。


俺はため息をつきながら、そのチョップを入れた頭にそっと手を置いた。
ピクリと体が動いたのが分かったが、そのまま何も言わずにその姿勢のまま。
一瞬のあいだだったが、なんだかとても長い時間のように感じた。

いつもはよく喋るこいつが、何も言わずに唇を噛みしめていた。


「…俺しかいねーよ、バカ及川」


小さく呟いた。
すると途端に肩が震え、小さい嗚咽が聞こえた。


「っ、い、岩ちゃんのくせにぃっ…!」

「はいはい」


こんな状況でも口から出てくる文句を軽く受け流す。
肩を震わせる及川はその体つきとは違い、とても儚く、小さく見える。
さっきから、ずっと我慢してただろうに。

これはきっと、誰も知らない姿。

このまま、自分のほうに引き寄せたい気持ちはあったが、気持ちとは裏腹に体は動かず。
その代わりに、頭に置いた手を少しだけぽんぽんと動かして子どもをあやすようにしかできなかった。



「俺、お前のトスならどんなのでも打つから、春高、行こうな」

「っ、俺が、打たせてあげるよ、最高のスパイク」



やっぱり目を合わせない会話だったが、不自然なことではない。
俺たちにとっては、至って自然で、普通で、
特別なことなのだから。


熱い夏が、始まる。







END




岩ちゃんにしか見せない及川さんの涙。



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