novel
□you don't disappear
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パシッ
頭上で突如乾いた音が聞こえ、驚いて振り返る。
振り上げた俺の右手は、背後に居た見知らぬ男の腕によって強く掴まれていた。
俺は身を捩って抵抗する。
一体何なんだこの男は!!
「ッ…離しやがれ、このやろー!!偽善者ぶってんじゃねーよッ!!」
喚き、睨み付けた淡い黄緑の眼が、この場に不釣り合いな笑みを象る。
「自分ら、そないな大勢で一人の子痛めつけて、何が楽しいん?よぉわからんわー」
暢気な訛りのその声は俺には向いて居らず、実に頭にくる。
「んだテメェは!!!ヴァルガスの知り合いかァ!?」
邪魔をされた男達は声を荒げて問う。
そんなの、俺だって知りてえよ。
何故、面識も無い赤の他人に助けられなければならない。
ボコられた後ならわかるが、俺の顔にも体にも、どこにも傷は付いていない。
それに、馴れ馴れしいこの行動。
「いい加減離せっ!!情けなんていらねぇんだよ、ちくしょー!」
握られた手に力を込め、強引にその腕から引き剥がす。
と、一閃の風が眼前を掠める。
ほんの一瞬、流れる様に放たれた言葉を俺の耳は器用に拾っていた。
「自分、そっから動かんといてな。」
―は?
そう問おうとした刹那、鈍い衝突音と低い呻き声が聞こえた。
ドカッ
「ぐあぁっ!!!」
それは、確実に数分前に聞いた男達のもので、振り下ろされる拳は先程の見知らぬ男のもの。
次々と悲鳴を上げながら倒れていく男達と、信じられない速さで腕を振るう男を、俺はただただ呆然と見ていた。
ありえねぇ…
こんなヤツ、今まで見たことない。
「…ッ何なんだよ、コイツ!!!一体、何者だ!!?」
「ひっ、一人でこんだけの数を……」
しかし、圧倒的な強さを見せながらも、男は人を傷付けているのではなく、正義のために力を使っている様に見えた。
傷付ける事しかできない俺らと違って、何か――今は俺自身だが――を守る力。
そいつの背中が、すごく頼もしく思えた。
可笑しい――初対面なのに。
そんなことを考えていたがら空きの俺の背中。
名も知らぬアイツから「動くな」と命じられた背中。
そこに、思い切り蹴りがぶつけられた。
「がはッ!!!!」
一気に視界が反転して、体は暫く宙を浮き、固い地面に叩きつけられた。
っ痛…
ちくしょ、油断してた…
「背中がガラ空きだぜ、ヴァルガス!!!」
「!!お前ッ!!!」
曇った視界から、焦った男の顔が見える。
俺を蹴った奴の顔面に、拳を叩き込む。
…気付くと、この場に立っているのは赤茶の髪をしたそいつ…ただ一人だった。
「ぐ…!!!」
地面に手を突き、必死で起き上がろうともがく。
油断していたとは言え、たかが一発で倒れ込むなんて格好がつかないにも程がある。
「ちょ!!無理せえんと!!!」
駆けてくる男に腕を掴まれ、引き上げられる。
とても惨めな思いだ。
「…お前、何処の誰だコノヤロー。」
普通、最初に礼を言うものだろう。
しかし、俺の不器用な唇がそんな言葉を紡げる訳もなく。
またもや男は、俺の言葉を無視し、ポケットからハンカチを引っぱりだし俺の頬に当てた。
口の中に鉄の味。
どうやら、コンクリートで頬が擦れ、血が出ていた様だ。
トマトの刺繍がされたそれは、俺の血で赤く滲んでいく。
「ごめんな…怪我、させてしもて…」
目の前の男は何故か詫びる。
お前に何の責任があるんだ、
紡ごうとした言葉は、背中に回る腕によって遮られ、続きを言うことはできなかった。