宴会。

□君の横顔に悟りて。
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「見て。満月だよ」



秋風が涼しい夜。



縁側に腰を下ろし、君の声に従って夜空を見上げれば紺碧の中にぽんと浮かぶ丸い月。



青白い月光を放つそれはどこか淡く儚くそして美しい。



「本当だ」



「きれいだね」



自分と全く同じ色の髪を輝かせながら言う君の声音は、真っ黒な闇の中に溶け入ってしまいそう。



その一瞬さえも、私は君を素敵だと思ってしまうんた。



「ねえ三郎」



凛とした君の声。



何だい。と私が聞き返せば、君はううん。やっぱり何でもないや。とイタズラっぽく笑う。



嗚呼、雷蔵。



君は本当に愛しいね。



私は時々自分が馬鹿なんじゃないかと思うんだよ。



こんなにも一人の人間に溺れてしまっている自分が。



だけどもしそれが愚か者の行為だというのなら、私は愚か者でもいい。



誰に罵られようと、私が君を愛していると言う事実は変わりはしないからね。



「三郎見て」



君の声に顔を上げる。



「きれいだよ」



君がそう言うのとほぼ同時に、私は息をのんだ。



満ちきった月が漏らす優しい光に照らし出された君の横顔は驚くくらい美しかった。



私は言葉を失う。



健気、美麗、可憐、優雅。



どんな褒め言葉も通用しないくらい、ただただ美しい。



邪念や欲を全て捨てて君に見入ってしまいたい。



ねえ雷蔵



私は「一生」なんて願わないから



今だけは君の隣で、君だけを見ていていいかい。



今だけは私の傍で、私だけに見せてくれ。



君の純真で艶やかな姿を。


「三郎?」



私の視線に気付いたのか、雷蔵が頓狂な声を上げた。



「どうかしたの」



「いや、何でもないよ」



変な三郎。とふてくされる雷蔵にふっと笑ってから漆黒の中で真白に光る月を見上げる。



月は何者をも美しく照らし出すのだろうか。



忍の身として月夜に生きてはいけないことはわかっているけれど、この瞬間だけは、あの光に頼りたいな。



君といるこの時間だけは。



ちらりと雷蔵を見ると、彼もこちらを見ていてくすりと笑った。



子供のように無邪気な笑顔に胸をえぐられたような気分になる。



雷蔵。



私が今思っていることを口にしたら君は怒るだろうか。



林檎のように頬を染めて馬鹿じゃないの。と言ってそっぽを向いてしまうかな。


そんな君ももちろん可愛いのだけれど。



ためしに伝えてみようか。



いや、もしかしたら君は鋭いから私が何も言わなくてももう私の感情に気づいているかもしれないね。



それでもあえて何も言わず、ただ妖艶な笑みを浮かべる。



君には敵わないよ雷蔵。



私は君にはなれないね。



どんなに完璧に外見を装っても、私は絶対に君にはなれないんだ。



君は満ち足りている。



あの頭上で輝く月のように。



君は私には無いものをたくさん持っているから。



私は幾つもの顔を持ち



幾つもの声音を操り



幾つもの道化の術を知っている。



だけどきっと



一生かかっても



君にはなれないよ



白い月光が浮かび上がらせたその横顔がそれを痛いくらい私に気付かせるんだ。


でも



それも悪くないよ。



私はこのままでいい。



君が私の隣にいる。



それだけでいい。



今はそれだけでいいんだ。







もしもあの美しい月に一つだけ願いをかけられるのだとしたら、



それは



「雷蔵と一緒に仕事はしたくないなぁ」



心で呟いたつもりが、うっかり口に出してしまった。


だって君はきっと



何年何十年経っても



どこへ行っても



きっと



私の素顔を暴いてしまうから。



きっと私は



君の前では



すぐに仮面を脱いでしまいたくなる。



視角だけに頼った防備なんてあっさりと崩れ落ちる。



それを私に教えてくれたのも君だよ雷蔵。



ねえ雷蔵。



私今どんな表情をしている?



もしかしたら涙が出ているかもしれない。



それさえも自分ではわからないけれど。



だけど大丈夫。



きっと



その涙も君が浄化してくれる。











「僕もだよ」



呟くように言ったその言葉に君がどんな意味を込めたのかは私にはわからないけれど、今は聞かないことにするよ。



だって今夜はこんなにも君の横顔が美しいから。





終.



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