宴会。
□君愛し。
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「先輩!」
少し声を張り上げて呼ぶと、用具委員長は口に釘をくわえたまま振り返った。
「おう富松」
「しんべヱたち帰らせました。もう時間も時間ですし先輩も終わりにしてください」
壁の補修で手が離せない食満に頼まれ、今日は富松が後輩たちを解散させたのだ。
うっすらと額に汗を浮かべた食満は遠くを見ながらそうか.と呟いて修復中だった壁の前から立ち上がった。
富松がちらりと見ると、大きな傷があったその壁はほとんど補修が終わっていた。
流石だな。と心の中で仕事のできる先輩に対する尊敬の念を覚える。
「よし。じゃあ工具片付けて終わりにするか」
「はい」
富松はそのまま食満の横に置いてあった工具を持ち上げようとした。
が、それを食満が止めた。
「富松、平太たち帰らせたんだよな?」
「はい」
不思議な食満の確認に首を傾げる富松だったが、食満の大きな手が頬に触れ一瞬時が止まったようだった。
「──…」
そっと重ねられた唇。
我に帰った時には、目の前で食満が嬉しそうに笑みを浮かべていた。
そして直後、自分でもわかるくらい顔が紅潮した。
「っ先輩!いきなり何するんですか!!」
「いいじゃないか。どうせ誰も来ないし」
そういう問題じゃ、と抗議しようとした富松だが、しかし食満に優しく抱き寄せられ、思わず口を閉じた。
「…作兵衛」
甘い声で囁かれ、ぼっと耳が熱くなる。
羞恥から抱きしめ返すこともできず緊張で突き放すこともできず、結局富松の両手は地面に向かってのびていることしかできない。
「…食満…先ぱ…」
必死で絞り出した声は心音にかき消されてしまいそうだった。
先輩はずるい。
富松の目にうっすらと涙が浮かんだ。
こんな時だけ、そんな声で名前を呼んで。
俺がそういうのに弱いって知ってるくせに。
富松は悔しさを押さえるように食満の着物を強く握りしめた。
こんなことはしないと心に決めるのに。
いつも貴方のその声に、俺は溺れてしまう。
食満の右手が動き、そっと富松のあごを持ち上げた。
「!」
食満は富松の潤んだ瞳を見て驚いたようだった。
罪悪感でも感じたのか、一瞬悲しそうな目をして富松の束縛を解こうとした。
しかし、
「…!」
食満の目が見開かれる。
富松の手がまるで小動物のように弱々しくだが強情に食満が離れるのを抑止していたのだ。
「…さく」
「して…ください」
小さな富松の声。
聞き返そうとした時、富松が濡れた大きな瞳で食満を見上げた。
「一度だけ…してください」
身震いしたらしかった。
食満は下腹部がうずくのを感じながら真っ直ぐに富松の目を見つめた。
少年の目は涙で濡らされ、頬は赤みを帯び、わずかな恐怖から震える唇が子猫のようにか弱く健気で、その姿はあまりにも色っぽかった。
可愛い後輩の姿は何度も見てきたが、今の富松の容姿は食満を挑発するのに十分すぎるものだった。
食満は後輩との間に理性を置くのも忘れ、欲望のままに富松の唇を奪った。
柔らかな唇が触れた瞬間に富松の身体はビクンと揺れ、反射的に口を閉じる。
だが食満は無理矢理その入口をこじ開けするすると富松の口内に侵入してしまった。
食満の舌が歯に触れ、隅から隅まで舐め回し、やがては富松の舌を貪るように絡めとる。
「…んっ…っ」
行為に夢中になっていた食満は必死に胸を叩く富松の手ではっと我に帰った。
慌てて唇を離し、そのとたん糸が切れたように倒れ込む富松をしっかり受け止める。
「大丈夫か?」
「…はいっ…」
頬を染め肩で息をする富松に身体を預けられ食満は再び下肢が脈を打つのを感じたが今度は必死に抑え、そっと富松の頭を撫でた。
「…すまない」
欲望に動かされ後輩を傷つけてしまったことを後悔し、同時に自分の馬鹿さに呆れる。
「…富松…」
背徳心から思わず名字で呼んでしまった。
その瞬間、富松が怪訝そうに眉を寄せた。
「何で…」
「え?」
「名前…呼んでくださいよ」
涙が出そうになった。
後輩の愛しさで胸がいっぱいになり、溢れんばかりの感情を処理する代わりにしっかりと富松を抱きしめた。
「作兵衛…」
「先輩」
そっと、富松の腕が食満の腰に回された。
「好きです…食満先輩」
小鳥のように囁く富松に、食満は優しく答えた。
「俺もだよ」
大事に大事にしよう。
君の強い瞳も
弱い瞳も
強い声音も
弱い声音も
全部
大好きだから。
君愛し。
(今度は俺の部屋でしようか♪)(嫌ですよ)
終わり。