宴会。

□あの日聞いた歌があまりにも素敵だったので。
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「いい歌だな」


ポツリと呟いた。


風呂桶の修理中だった食満が手を止めゆっくりと振り向いた。


「何だって?」


「これ。いい歌だよね」


伊作が示して見せたのはとある楽曲の楽譜だった。


「借りてきた」


「先生に?」


「うん」


「歌えるのか」


「いや」


そう言いながらも伊作はそっと聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でうろ覚えのその曲を歌い始めた。


「いい歌だよね」


「ああ」


食満の返事は曖昧だった


「これを書いた人はすごいよ」


食満は驚いた


決して芸術や鑑賞にとくべつ興味があるわけでもない友人が作者に目を向けるとは思わなかったのだ


「作曲?」


「いや、作詞」


作曲もすごいけど、と伊作は付け加える


「こんな詞が書けるなんて」


「それが仕事だからだろ」


平坦な声で言う食満を伊作は軽蔑するように見た


そんなことを言っていたら娯楽も何もあったものじゃない。


「いいね」


「ああ」


「できるって、いい」


そうだ


可能はよい。


感謝の念を


謝罪の意識を


取り込まれるような


引き込まれるような


素敵な詞に表せることはまぎれもない最高の才能だと思う。



じゃあ、



伊作は思った



僕はどうやって伝えたらいい?



再びカナヅチを握った同室者の背中を静かに見つめる。



僕はどうやって伝えればいいの。



君をはじめとしたみんなへの



数えきれない感謝を



僕はどうやって



みんなに伝えたらいい。



詞も曲も書けない僕は



何に頼ればいい。



嗚呼、



羨ましいよ



この唄を書いた人が



僕にも何か



手段をください






「伊作、昼飯行くぞ」


「ああ」






僕のそれは
やってくるその日までに
ゆっくり考えておくよ。












あの日聞いた歌があまりにも素敵だったので。




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