宴会。

□マイリトルボーイ
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別に意味なんてなかった。

青白い月が闇を照らす明るい月夜。
私はついさっき掘った落とし穴の中にいた。
これといった目的もなくいつの間にか掘り出した落とし穴も掘り終えてすることのなくなった私はやはり意味もなくその穴の中に滞在しているのだ。
冷たい土の上に座り込み、何をするわけでもなくただぼーっとはるか頭上の白い月を見上げていた。
澄んだ紺碧の空に浮かぶ輝く楕円。
満月ではなかった。
あと2、3日で満ち足りるそれなのかはたまたすでに最大の日は過ぎひたすら細身になるのに向かっているのかは私にはわからなかった。
理由は簡単だ。
私は月に興味がないからだ。
興味がないから、毎晩月を見上げるなんてことはしていないし今宵の月がどんな姿なのかと関心を持つこともない。
ただそこに月があることだけは知っている。
ではなぜ今夜は私が興味もないあいつを見上げているのか。
答えは単純。他にすることがないからだ。
今私がいる落とし穴はもう掘り終わったし、たぶん今夜はもうこれ以上数を増やすことはしない。
ならばさっさと湯浴でもして部屋に帰ればいいだろうそう思っているのだろう。
私もそう思う。
だがなぜか私の体は考えとは裏腹にまったく動こうとはしないのだ。
穴掘りの疲労で動くことが億劫なのかそれとも来るはずもない何かを無意識に待っているのか。
さて正解はどちらだろうか。
気になるところだろうが残念ながら私にはその答えを導き出そうとするほどの気力と意欲がない。
正解は各々で勝手に思案してくれ。
ふあっとあくびが出た。
眠くなってきたという脳からの訴えだろうか。
大切な脳に頼まれては仕方ないそろそろ寝るかと動く気もない身でぼーっと考えていたときだった。
「これはまたずいぶんと深い落とし穴を掘ったものだな」
頭の上から聞きなれた声が降ってきた。
顔を上げると淵のところによく見なれたサラストの先輩が立っていた。
「…立花先輩」
「こんな時間にこんなところで何してるんだ。地底人願望でもあるのかお前は」
彼の声はとても澄んでいた。
耳によく響く軽やかな声音を聞きながらこの澄んだ感じどこかで見たなと記憶をぐるぐる巡らせていた。
「モグラと友達になろうと思いました」
我ながらつまらない冗談。
しかし私は返答すれば何でもよかったのだ。
そもそも今夜ここに落とし穴を掘ったこともその中で月を見上げていたことも部屋に戻ろうとしなかったことも全てこれといった意味はなかったのだ。
少なくとも、私の自覚の上では意味はなかった。
「眠れないのか」
「たぶん部屋に帰れば眠れます」
なら帰れ。
そう言いたそうな表情を浮かべた立花先輩が言うより先に私が言葉を発した。
「先輩、今夜はとても月が明るいんです」
私の視線を追うように立花先輩が夜空を見上げた。
そして一言、ああ、と呟いた。
「きれいです」
「そうだな」
どうでもいいことだけれど。
でもなぜか、私の心はさっきまでよりずっと満たされて視界は鮮明になっていた。
「帰るぞ。喜八郎。」
そう言って立花先輩が穴の中に手を差し入れてきた。
私は一瞬間を置いた後、その手をしっかりと握り地面を蹴った。
体が宙に浮いた瞬間、私は立花先輩の藍色の長髪と後ろの夜空が重なったのを見た。
そして気づいた。
ああそうか、この人の澄んでいるのは今夜の空と一緒だったのか。
先輩に手を引かれ歩いていく途中、私は彼に言った。
「先輩、私が今夜外にいたことに意味はないんですよ」
「そうか」
「でももしかしたら、待っていたのかもしれませんね」
何の確証もなく、来るはずもない美しい人を。
私は月には興味がないからいつ何時でもそれがきれいなのかどうかは知らない。
だが確かに私が興味を持てていつ何時でも美しい人なら知っている。
「先輩、今夜もとてもきれいです。」
再び空を見上げる。
月は相変わらず輝いていた。












 マイリトルボーイ



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まとまらない…

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