お題

□78 待ちぼうけ
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「必ず迎えに来る」

そうあの人は約束をして、俺の手を放した。
小さくなっていくあの人の大きいはずの背中を、俺は見えなくなるまでずっと村の入口で見ていた。
手のひらに残っていたあの人の体温が、消えてなくなるまでずっと。


白虎族には7才の年になる子供は『戦士の村』と呼ばれる修練所に入るしきたりがあった。
子供たちはそこで、立派な白虎族の戦士となるために一族の歴史や教養を学び、一人で生きていくために必要な知識や技術を磨き、日々修行をしなくてはならない。
村に大人は指導者の極数人しかいない。子供たちは大人の力を借りず、食べるものや生活に必要な物を全て自分たちの力で手にしなくてはならなかった。

そうして白虎族の子供は、大人の元から離れて6年間戦士の村で生活をする。
あまりの辛さに村を逃げ出す者や、家族のいる村に帰りたいと泣く者もいたが、村を卒業する頃には

俺は通常よりも1年早くその村に入った。

そうしなけらばならない理由があったからだ。
俺にはそれを拒むことが出来なかった。

一つ年が幼いとはいえ、それで優遇をされるということはなかった。
同じ年に入った一つ上の子供たち同様の厳しい修行を受けた。
朝から夕方まで心身を鍛える修行を受け、寝る場所だけは共同の建物を使用していたが、それ以外の物は全て自給自足だった。
飲み水は村から離れた場所にある川に汲みに行き、食べ物は森の中にある木の実や山菜を取った。

川にたどり着けなかった者、食べ物を見つけられなかった者は飲まず食わずで夜を過ごした。



そんな辛く厳しい毎日だったが、年に一度だけ家族のいる村に帰ることを許される日がある。
旧暦の正月である春節の時期だけは家族と過ごし新年を祝うのが習わしだった。
『戦士の村』の子供たちはその日を待ちわびて修練に励む。
春節の前日の朝になると村の入口には親の方が待ちきれず、迎えに来る者がいた。
親子はどちらともなく抱擁を交わした。
手をつないで、肩を並べて歩くというのが毎年の通例となっていた。

そういう親子を何人も見送った。
朝から夜まで、ずっと村の入口で。
気づいたら子供は俺一人になっていた。
日が沈んで月の光が眩しいと感じられる頃になっても俺の家族は迎えに来なかった。

俺には母親はいなかった。
生まれつき体が弱い人だったらしい。俺を産んで直ぐに亡くなったと聞いた。
俺が生まれる前に祖父母も他界していた。
俺に残っている唯一の家族はあの人だけだった。
初めて『戦士の村』に来たあの日、「迎えに来る」と約束したあの人。

俺はずっとそこで待っていた。
あの人が迎えに来てくれることを信じていた。疑う理由なんてなかったからだ。
ただの一度も、あの人は俺に嘘をついたことなんてなかった。

雪が降って凍えるように寒かった。
指先の感覚なんてなかった。足もあるのかないのかよく分からない。
日付が変わる頃に、長老が声を掛けてきても俺はそこから動かなかった。
ずっと、あの人が消えていった道を俺は見つめていた。

目が覚めたとき、俺は長老の屋敷いた。
酷い熱で、倒れていたらしかった。
熱が下がるまでここにいなさいと長老は言ってくれた。
このとき初めて、長老が優しい人なのだと知った。
それでも俺は、村の入口に行って、あの人が来るのを待った。
毎晩同じことを繰り返した。
気づいたら、春節は終わっていて、『戦士の村』に子供たちが戻ってきた。


新しい子供たちがやって来て、また厳しい修行の日々が始まった。
同い年の子供が入ってきて、友達も出来た。
少し、村での生活も楽しくなった。
友達のライとこっそり修行をサボってベイバトルをしたりそれくらいの余裕が出来た。

学問を学んで、修行をして、ベイブレードやって、寝て、起きて……そんな日々を繰り返して気づいたらまた冬が来る。
俺はまた、村の入口でライや皆が家族と家に帰る姿を見送る。
あの人が俺の名前を呼んでくれるのをずっと待っていた。

次の年も。その次の年も。

気づいたら、俺は白虎の聖獣を手にして白虎族の里を出ていた。



※※


「――レイ!」

誰かに名前を呼ばれてレイははっとした。
ぱっとこれでもかというくらい大きく目を開くと、タカオの顔が目の前にあった。

「どうしたんだ?魘されたのか?」

「え?」

タカオが心配気に言った。
なぜそう思ったのか聞く前にタカオが答えを言った。

「だって、泣いてるぜ?」

その言葉に無意識に手が目元に移動した。
確かに濡れた頬に触れる風が一際冷たく感じた。
目元も微かに霞んだ。

「いや。多分、目にゴミが入ったみたいだ」

下手くそな言い訳だと思った。
それでも、タカオはそれ以上そのことには触れて来なかった。

「俺、つい夢中になっちゃって……てっきり先に帰ったかと思った」

「当たり前だろ。俺一人で帰ったらおじいさんに怒られるじゃないか」

「そっかー?俺は怒られるかもしれないけど、レイは怒られないと思うぜ?」

「お前な……。怒られると分かってるならやめろよな」

「あはは悪い悪い」

タカオは全く悪気もなさそうにけたけたと笑いながら謝ってきた。

「ああもう日が暮れるじゃないか。早く帰るぞ」

眠りこけていた自分を棚に上げて、レイは急かすと買い物袋を手に取って立ち上がった。
公園を出ようと早歩きをする。

「あ、待ってくれよレイ。なあレイ……」

慌ててタカオもレイの背中を追いかけた。

「なんだよ」

「待っててくれてありがとな」

タカオが照れくさそうに笑った。

レイの中で、何かが切れるような気がした。
それを、どうにか思い止まらせた。
気づかない振りをした。
そっと蓋をした。

「今度は置いてくからな」

「レイって結構せっかちなところあるよなあ」

「タカオに合わせてたら遅刻の常習犯になるからな」

レイはそうやった皮肉を返すと、走り出した。

「あ!待てよレイ!」

「ちんたらしてたら置いてくぞタカオ」

数メートル後ろでタカオが文句を言っていたが、レイは目もくれず前を見て走った。



end
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