お題
□08 リボン
1ページ/2ページ
08 桃色のリボン
「ふぇっ……ひっく」
高い石垣を前にして泣きじゃくる桃色髪の女の子とそれを宥める兄の姿があった。
「いい加減に諦めろよマオ。新しいの買ってやるからさ」
兄が涙で顔を濡らして俯く妹に諭しかけるが、少女は泣き腫らした顔を上げると、大きな黄金色の目を吊り上げて声を大きくした。
「あれじゃなきゃダメなの!」
睨み付けたはいいが、後から後からポロポロと涙を流す妹を前にして、兄は困り果ててしまった。
すると、上の坂道から肩かけ天秤を持った兄と同じくらいの少年が下りてきた。
天秤の籠には山で採ってきたらしい山菜やらが入っていた。
少年はつい目の先で何かあったらしい幼馴染みの兄妹を見つけて声をかけないはずがなかった。
「どうしたんだライ?」
少年は兄の方に声をかけた。
「……レイ」
ライは少年の名前を助けを乞うような視線を送りながら呼んだ。
「実はマオのリボンが風で飛んでしまったんだ」
ライはそう説明をしながら崖上を見た。
レイがつられて上を見ると、ずっと高い場所にある木の枝に少女のトレードマークとも言える桃色のリボンが引っ掛かっていた。
どおりでいつもの髪型と違うと思ったと気づく。
いつも頭の高いところで大きな赤いリボンでくくられているはずのマオの髪は下ろされていた。
自分達で登って取ろうとしたのだろう、兄妹2人の手や膝やらは擦り傷があった。
「……高いな」
レイは見上げながら言った。
いくら身体能力に優れた一族とは言えど、まだ幼い子供に登れる高さではなかった。
レイの言葉を聞いた途端またマオの泣き声が大きくなった。
マオの泣き声が辺りに響き、近くにいた鳥までもが吃驚して飛び退いた。
「マオ。しょうがないだろう?あんな高いところは俺たちじゃ取れないんだ」
「やだーっ!ひっく……だって……あれはお父さまが買ってくれたリボンだもん!あのリボンは一つしかないんだもん!」
ライがマオの肩を取ったが、マオは駄々を捏ねて体を揺すりその手を振り払った。
何て良心的な話だろうか。たかがリボン一つ……と思うところではあるが、父親にもらった大事な物という言葉にライとレイは困ったように顔を見合わせた。
マオにとってあのリボンはただ着飾るためのリボンではないのだ。
彼女が大事にしているのは父との思い出なのだろう。
そんな言葉を聞いてしまったらどうにかして取り戻してやりたいというのが兄心だった。
しかし、目の前に立ち塞がる壁は大きい。
大人に頼めば上まで登ることが出来るかもしれない、ライがそう思った矢先にレイがマオの前まで歩み寄ってマオの肩にポンと手を置いた。
「マオ。白虎族の女の子がいつまでも泣いてちゃ駄目だろ。長老様に笑われるぞ」
レイはマオに笑いかけた。
兄のように慕うレイを前にしても、マオは煮えきれなかった。
「だってぇ……」
「ならマオのリボンは俺が取ってやる。だからマオは泣かないで家で待ってるんだ。それなら出来るだろ?」
「本当……?レイにぃなら出来る?」
マオは微かに顔を上げた。
「あんなの簡単さ。ちょっと練習すれば直ぐ登れるさ」
レイは自信ありげに言った。ライは本気か?とレイを見たが、レイはにやりと笑い返す。
「だからマオも泣かないでちゃんと待っててくれよな」
「……うん、分かった!わたしレイにぃを待ってる!」
マオは初めて顔を明るくした。
その頭をレイが優しく撫でた。
※※
「レイにぃ遅いな……」
夕飯を済まして、マオは自分の部屋の窓枠に腕を乗せて月を見上げながらぼやいた。
家に帰ってからは母親の手伝いをして、夕御飯を食べて体を洗って、いつもなら眠りについている時間だったが今はこうしレイが来るのを待っていた。
まだ明かりの灯っている妹の部屋を見て、まだ起きている幼い妹の背中に向かってライが注意をした。
「マオもう寝ろ。明日起きれなくなるぞ」
「うん、もうちょっと」
「いくらレイだって今夜中なんて無理さ。もう家に帰って今頃寝てるぞ?」
「もう!ほっといてよライにぃ!!」
口うるさい兄の背中に両手を押し付けて妹は部屋から追い出した。
本当は自分だって何度でも挑戦してあの大切なリボンを取り戻したかった。
ご飯を食べているときも父に「今日はいつものリボンをしてないんだな」と言われたときとても申し訳なくて、悔しくて、悲しくてしょうがなかった。
それでもレイとの約束があったからマオは何とか我慢したのだ。
そのときの悲しみが再び込み上げてきそうになったが、レイとの約束の言葉を思い出して必死に堪えた。
そうしてそれから暫くマオは来るかも分からないレイを待っていた。
トントンとマオの部屋の窓が揺れた。
マオは微睡んだ重たい目を擦って、慌てて窓を開けた。
外は真っ暗だった。
虫の音だけがよく聞こえる。
「マオ」
暗闇の中から声がした。
「レイ兄?」
マオの部屋の薄明かりと、月の光がぼんやりと相手の姿を映し出した。
「どうしたの?――レイ兄ひどいケガしてる!」
マオは驚いた。
朧気な光の中に立つレイの姿は身体中ボロボロだった。
白い衣服は土ぼこりと擦ったようなあとで擦りきれていた。
手や足、顔までもが擦り傷だらけのレイがそこにいた。
「こんなの大したことない。それよりほら、ちゃんとマオのリボン取ってきたぞ……ちょっと土で汚れちゃったけどな」
レイの差し出してきた手には確かにマオが大切にしていた桃色のリボンだった。リボンはレイが言う通り少し土で汚れていた。
レイの顔や体と同じように。
マオは溢れ出す涙を抑えることができなかった。
涙で視界を滲ませた。
「マオ……?」
急に涙で顔を濡らすマオを見て、レイは心配そうに顔を覗き込んだ。
「ふぇっレイ兄……!」
マオは窓から身を乗り出すとレイに思いきり抱きついてきた。
急に飛び出してきたマオに驚きつつも、レイは何とかマオの体を受け止めた。
「レイ兄ごめんなさいっ。わたしがわがまま言ったから、いっぱいケガして……こんなに痛い思いして」
マオはレイの胸に顔を埋めて泣き声を上げた。
レイはマオの頭にポンと手を置いた。
「泣いちゃ駄目だろマオ。こういうときは笑って『ありがとう』って言うんだぜ?」
レイは悪戯をする子供のような笑顔を浮かべる。
「……うん……ありがとうレイ兄。今薬持ってくるから待っててね!」
マオはレイに言われた通りにっこり満面の笑みを浮かべた。
いつもの元気な声で言うと、先ほど飛び出してきた窓から家の中に入りドタドタと走り出した。
end