お題

□57 深夜二時
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57深夜二時の奇遇



何か気に入らないことがあったり、むしゃくしゃすることがあったときは大抵家にいることが辛抱堪らなかった。
それはその苛立ちの原因のおおよそが家の中の人間関係で起きているからに他ならなかった。
皆がそれぞれの部屋に引き返し寝静まる頃合いに、静かに屋敷を抜け出す。
家の者に見つからなくとも、屋敷で雇っている使用人に見つかるようものならば直ぐ騒ぎになるのだが、そんなヘマをするカイではなかった。
不機嫌を振りかざし部屋に引きこもる振りをして、隙見てを音もなく玄関を抜ける。


しかし、夜の世界が子供のカイを快く受け入れてくれるほど優しくはなく、自然と足は街の明かりから外れた場所に向かっていた。

店の立ち並ぶ場所から離れた場所にあるひっそりとした住宅街。その奥手には丘があり、そこに建設された自然公園には街灯が点っているため幾分明るく見えた。

公園の中央に設置された背の高い時計はもう直ぐ深夜2時を刻もうとしている。
こんな時間に人がいるはずもなく、閑静な住宅街の外れということもあり静かなものだった。
ただ生温い風がカイの頬を掠める度に、風の音や草木の揺れる音がよく聞こえた。

公園の中央に向かう途中不意に足を止めた。

自然の音に紛れて摩擦音のようなものが微かに聞こえた。

こんな時間に人がいるのか?
少し警戒をしつつもゆっくり前に進んだ。
次第に大きく、鮮明になる音。

シャーッと滑走をするような音がした。
直感的にそれが何の音なのかを察し、カイの足取りは早くなる。

鋭い滑走音を響かせながら辺りに砂塵が舞う。

カイは目を凝らした。

暗闇の中でも月明かりがぼんやりと景色を映し出す。

砂塵の中心にあった音の発信元である小さな影が跳び跳ねるように宙に向かった。
その影を別の大きな影が被った。
舞う砂ぼこりの中に人のシルエットが浮かび上がる。
「誰かいるのか?」

警戒心を宿した少年の声と共に鋭い視線がカイを見据えた。

風が2人の間を抜け、視界が徐々に拓ける。

月の明かりのせいか、その瞳が黄金色に光って見えた。
蛇に睨まれた蛙……と言っては滑稽だろうか。獲物を狩る獣のような鋭い目力に僅かばかりカイに緊張が走る。
月の色よりも深い黄色味を帯びた、ガラス玉のような瞳を見てある人物像が浮かび上がる。

確信を持ったカイは一歩前に出た。

「――何だカイか」

ふっと相手の声の調子が変わる。

「こんな時間にベイの練習か?」

予想通りの見知った相手にカイはいつもの調子で返答をした。
独特な雰囲気を醸す、白い唐装にアクセントの赤い締め帯。白い衣装とは対照的な夕闇のような黒い長い髪。
ギラリと光を宿した琥珀を嵌めたような目。

時間帯も相まってか、どこか別の世界に来てしまったのではないかと思わせる異色を放っていた。
カイにとっては数少ない友人といえるその少年は、一本まとめにした長い髪を肩から払いのけ、口端から白い八重歯を覗かせる。

「練習というほどのことじゃない。ただドライガーを遊ばせてただけだ」

「遊ばせていた、か」

カイは辺りを見渡した。
整地された公園の地面には鋭い爪で抉られたような傷跡が無数。遊ばせるにしては随分なじゃじゃ馬だと肩を竦める。

「そういうカイはこんな時間に散歩か?」

こんな真夜中に一人で出歩いていることに対して「散歩か?」と第一声で問いかけるその思考に軽く育った環境のギャップを感じずにはいられない。こうしてこんな時間に外を出歩いてる当人も十分非常識なのだが、それを自覚するくらいの常識はあった。

「まあ……そんなところだな」

何故こんな時間にこんな場所を彷徨いているのかなど語る気にもなれず、また自分でもはっきりと説明できる気もしないのでそういうことに落ち着けた。
そういうお前はどうなんだ?と訪ねようとも思ったが、理由なんて聞いたところでどうでもいいと思い飲み込んだ。

「よく来るのか?」

「たまにな」

そう言ってレイはシューターを構えてバインダーを引いた。
高速回転をしたまま地表に軸を着けると砂塵を巻き上げて滑走を始める。

「武者震いと言うのかな。時々ドライガーが暴れたりないと言っているような気がするんだ。そんな時は俺も眠れなくてここに来るんだ」

いつもレイが昼間眠そうにしている理由が分かった気がした。……というよりもそのせいなのだろう。

シャッとドライガーが風を切る。
大きく弧を描く。
月夜に狩るその姿が幻想的だと思えた。

鋭く。

雄々しく。

研ぎ澄まされた動き。

純粋に綺麗だと思えた。

カイの手が震えた。

胸の奥が震え上がる。

回転する音に呼応するように心の底が疼いた。

気づけば握っているのはバインダー。

気づけば空を舞っているのは紺碧のボディ。


銀鼠と紺碧のベイがぶつかり合う。
キンとどこまでも静かでどこまでも澄んだ高い音が響き渡る。赤い火花を散らして弾き合った。

レイがカイを見た。

「一人で走り回っていても退屈だろう?」

柄にもなくカイは笑みを浮かべていた。
否、第三者が見たら無表情にしか見えないだろう。だけれど、レイには分かった。カイが笑っていると。
こんな時間だからだろうか。少しハイになっているのかもしれない。
そんなカイの気持ちに応えるように、レイも口端を上げる。

「いいのか?今のドライガーはいつもよりも気性が荒い」

レイが挑発をした。

「奇遇だな。今日の俺も気性が荒い」

カイは鼻で笑い飛ばした。

公園の時計は深夜2時を刻んだばかりだった。




END
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