お題

□34 豪邸
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34 豪邸


「カイって本当にお坊ちゃんだったんだな」


レイの知る概ねの日本家屋とは一風を画した西洋造りの建物は最早家ではなく館である。
世界大会のときに縁のあったお金持ちチームもといいユーロチームの豪邸と比較しても全く引けを取らない。
ついインターホーンを押す手にも憚られるような門構えの先には、広い庭があり屋敷の玄関前はロータリーになっていた。
重厚な玄関のドアを開けると、中は洋装そのもの。こういうのをエントランスホールというのだろうか。
靴は脱ぐ必要はなく、玄関とは思えない広い空間にはダークブラウンを基調にしたモダンな雰囲気があり、床には赤い絨毯。正面には木目調の階段が吹き抜け構造になっとおり、天井まで見えた。

こんな豪邸に踏み入ることへの奇跡よりも、この屋敷があの火渡カイの家であるということに感慨を感じずにはいられなかった。

どこか普通の人間とは一風を画した思考、感性を持っているとは思っていたが、彼の私生活を目の当たりにして、未だにここに立っていることが夢現なのか分からなかった。

そんなレイの驚きが、冒頭の台詞へと繋がったわけである。

対するカイはある程度レイの反応を予測していたが、この点についてはかなり神経質にならざるを得なかった。
いつもの感情のコントロールも上手く行かず、不機嫌が態度に滲み出る。

それを感じ取ったレイも口を慎むことにした。これでなかなかカイは繊細な奴だということをレイも心得ている。
そして、普段自分を語ることは滅多にない、否、全くないと言っていいであろうカイにとってプライベートゾーンを他人に見せることは己の弱味を見せることに等しい。
そう思えば、不思議と目の前の不機嫌な態度も可愛く見えるというものだった。だがそれを出し抜けに言ったら、このまま大雨の中外に蹴り出されてしまうので黙っておくレイだった。

「フラフラするな。こっちだ」

先行をして歩くカイが言った。
何故こっちも見ずに自分がフラフラ辺りを見ているのが分かるのだと言ってやりたかった。

話はまた遡るが、何故レイがカイの家に来ることとなったのかその経緯を簡単に説明しようと思う。

話は昼過ぎ。
昼食を終えていつもの昼寝スポットにしている公園でいつものように気持ちよく昼寝をレイはしていた。
昼間の天気は実に長閑で心地よい陽気だったのだが、次第に天気は崩れていった。
レイが目を覚ましたときには既に空は厚い雲に覆われており、レイは早々に家に帰ろうと公園を出たのだが、案の定帰り道で雨が降りだしてしまった。
それも土砂降りの大雨である。
敢えなくして頭から足の爪先までずぶ濡れとなってしまったレイは今更雨宿りをしても意味がないものと思い、帰りを急いだ。
その先で、ちょうど学校から家に帰る途中だったカイが車で隣を通りかかり、レイの有り様を見かねてカイの家まで連れていったというのが全貌である。

そこで何故レイの借宿まで行かなかったのかといえば、レイの住んでいるBBAの寮は住宅街にある。
住宅街付近はカイのように学生の送り迎えの車で渋滞をしていたために、仕方がなくカイの家に向かった次第だった。

なので、レイがカイの家に行きたいと言ったわけではなく、カイ自らがレイを自宅へと連れてきたのである。

「へっくし!」

思わず道半ばで立ち止まりくしゃみをしてしまった。

「おい、こっちだ」

カイがレイの肩をつかみ、直ぐ脇の部屋に押し込む。
そこには使用人だろうか。メイド服のような格好をした若い女性がいて、カイを見て慌てて姿勢を正した。

「カイ様。おかえりなさいませ。お風呂の支度は出来ております」

「ああ。こいつの着替えを何か用意してくれ」

「はい畏まりました」

女性は頭を下げると、部屋を出た。

「メイドもいるんだな……」

「さっさと服を脱いで風呂に入れ。服はあとで持ってくる。タオルはそこのを使え」

一気に言うとカイはレイに踵を返した。

「え?カイは入らないのか?」

思わずカイを呼び止めた。カイの目が大きく開かれる。
まるで「何を言ってるんだこいつは」というカイの心の声が聞こえてくるようだった。
そんな変なことだろうかと首を傾げる。

「いや、普通友達の家に来たら一緒に入るものだと思ったんだが」

日本の文化といえば裸の付き合いだと思っていた。
タカオの家に泊まればいつもタカオやマックスも一緒に入りたがるのでそういうものだとレイは思っていた。

「俺は入らん。ガキじゃないんだ、一人で入れるだろ」

子どもに言い聞かせるみたいにカイは言って脱衣所を出ていってしまった。

「……私生活まで西洋被れしてるのか」

カイが去った後、一人取り残されたがらんとした脱衣所で呟く。

「まあいいか。カイだしな」

何がいいのか分からないが、そう思うことにして服を脱ぐ。
正直早く風呂に入りたかった。
水分を吸った服は重い上に冷たくて体温を奪った。
ただでさえかさばる服なので脱ぐのは一苦労だった。
寒さに体を固くしながら飛び込んだ先にある浴室は、見事な大理石の大浴場。

壁際には獅子のオブジェなんかがあって、そこから滝のように流れるお湯が広い湯船を満たしている。

「――ああ、やっぱりカイも誘うべきだった」

一人では広すぎる浴場を見て、寂しいと思わずにはいられないレイだった。


END
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