お題

□37 ボタン
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37 ボタンつけ



ボタンつけなら学校の家庭科の授業で習った気もするがそんなものはすっかり忘れてしまった。
第一、裁縫なんて女の子の趣味っぽくてどうにもやる気になれなかった。
そう口を尖らせてふて腐れるタカオを見てレイはやれやれとため息をついた。

「しょうがないな。貸せよ、やってやるから」

「本当か?流石はレイだぜ!そこに痺れる憧れるぅ!」

「大げさな……」

大はしゃぎするタカオにレイも照れ臭さ半分に苦笑した。
タカオは早速、学校で購入した裁縫セットを部屋の押し入れの奥から探し当てると小走りでレイのところに持ってきた。
上着と裁縫セットとをレイに渡すと、タカオはレイの真向かいに座った。
レイは裁縫セットの中身を確認すると、糸切りバサミを出した。
そのハサミで解れたボタンの糸をパチンと切る。余計な糸くずを取り払ってから、針に糸を通す。
ボタンの穴に器用に針を通していくその様子をタカオはじっと見つめていた。

「レイって器用だよな」

じっとレイの手元を眺めていたタカオがしみじみと呟いた。
あまりに真面目に言うものだから、レイは思わず「ぷっ」と息を吹いて笑った。

「たかが縫い物で器用と言われてもな」

「だってさ、料理も出来るし、縫い物もできるし、日本語ペラペラだし、ベイも強いし、やれば何でもできるもんな」

「そっちの意味か」

てっきり手先の話かと思っていた。

「別に器用ってわけじゃないさ。やらざる得ない環境にいれば自然と身につくもんだぜ?まあ、俺の場合は器用貧乏ってとこかな」

「器用貧乏って?」

「つまり一通りのことは出来るけど、特別上手いわけでもないという意味だ」

「そんなことないだろ?レイの作った飯はすっごく美味いぜ!ベイだってすっげえ強いし、日本語だって俺より難しい言葉知ってるしよ。ぶっちゃけいつも偉そうにしてるカイより凄いね」

「ははは、確かにあいつが縫い物する姿は想像できないな」

カイが縫い物をしている姿を想像してしまってレイは思わず笑った。
いや、むしろ微笑ましいと言うべきだろうか。

「だろ?」

「いや、でも案外マメなところがあるからなアイツ」

「そうかー?」

「ほら、あの顔のペイントあるだろ?前々から思ってたんだが、あれを毎日セットするのって案外面倒じゃないか?」

カイと言えばあの顔のペイントである。
世界大会のときよく同じ部屋で寝泊りをすることがあったが、寝るときでさえカイはペイントをしている。
そのため、あれは刺青なのではないかと疑ったこともあったが、流石に風呂に入ったときにはしていなかったので、あれがフェイスペイントであることは間違いないのだが。
かかさず毎日ペイントをするというのはかなりマメな性格でなければできないのではないかと思う。

「そういえばそうだよな。でもマメだからって縫い物をするとも限らないよな」

「それもそうだな」

結局、火渡カイという人が縫い物をする姿があまりに不自然だということには変わりなかった。
まさかカイ本人は、自分のあずかり知らぬところでこんな会話がなされているとは想像にもしていないだろう。

そうこうしている間に、上着のボタンつけは完了した。

「ほら出来た」

「お!サンキュー」

レイはボタンの付け終わったタカオの上着を広げて見せると、綺麗にボタンが付けられていた。
タカオはそれに早速腕を通した。

「やっぱ、俺にはこの上着がなくっちゃな」

「そんなに気に入ってるなら大事にしろよ」

「へへ!もしまた取れたらレイに頼んじゃうもんね」

「甘えるなよな。笑われたくなかったらボタンつけくらい自分でやるんだな」

「いやん。レイちゃんのいけずぅー」

わざとレイが突き放してやると、タカオも負けじと甘えた声出して縋った。


end
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