お題

□88 マニュアル
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88 マニュアル




「レイって料理上手いよな」

「別に普通だろ?毎日やってればこれくらい誰だってできる」

恒例となっている木ノ宮家でのBBA強化合宿。
最近ではすっかり木ノ宮家での生活にも馴染み、BBAメンバーにとっては我が家同然のようなものとなりつつあった。
そんな合宿生活の中で自然と生まれた当番制度。
働かざる者食うべからずに一宿一飯の恩義。
どちらの言い分が先だったかは今となっては定かではないが、寝泊りに使用している道場の掃除や風呂掃除、洗濯物などの当番が一定周期でやって来る。
そんな中でも特殊なのが、木ノ宮祖父不在時の料理当番である。
料理当番のみは当番制ではなく、レイ個人に一任されていた。
レイの料理が上手いからというのは勿論だが、調理後の台所が悲惨だったり、料理の上手い下手以前にマヨネーズまみれだったりと胃袋と台所を任せるには不適任な人材ばかりのために

、台所の管理者はレイのみに限定されていた。

そんなレイが今台所で作っているのは炒飯と中華スープ。
たかが炒飯、されど炒飯。
シンプルな料理であるが、単純であるからこそ炒め加減や味付けの善し悪しが大きく表れる。
大きい中華鍋を軽々と振るうと狐色の米が香ばしい香りを放つ。
その香りを嗅ぐだけで空腹は刺激され、背後で待ちわびているタカオはヨダレを垂らした。

「そうネ。レイだったらきっといいシェフになるネ」

暇だったのだろうか。タカオと同じくレイの調理の様子を観察していたマックスも「レイは料理が上手い」というタカオの発言を後押しした。

「俺のは趣味だからな。料理人になるにはもっと本格的に料理を勉強する必要がある」

『シェフになれる』とお世辞だとしても言われて悪い気はしない。
実際に、中華料理店で下働きした経験があるほどにはレイも料理をするということが好きだった。
本当に好きなことだからこそ、それを極めることの大変さや自分の未熟さというのが分かるのだ。
第一に、レイには最強のベイブレーダーになるという他の夢がある。他のことに情熱をかける余裕などなかった。

「そうだ、レイ。料理教えてくれよ!俺にもレイみたいなパラパラで香ばしい炒飯が作れるようにさ。どうすれば出来るんだよ」

タカオが閃いたと、右手の握りこぶしを左の掌の上に打ち付けた。

「教えるたってな……」

「僕も知りたいネ!」

「炒飯なんて別にただ具材とご飯を炒めてるだけだぜ?」

「NO!僕はレイの作る炒飯のレシピ知りたいネ。もっと詳しく!マニュアルプリーズ!」

「ご飯はどれくらい炒めるんだ?」

「調味料は何をどれくらい入れるノ?」

「火加減って?」

「具とご飯はいつ炒める?」

「隠し味とかあるんだろ?」

「マヨネーズも入れるんでしょ?」

背後であーだこーだと矢継ぎ早に繰り出される言葉に、レイは口元を引きつらせた。

「あーもうしつこいぞお前ら。そんなの適当だ適当。味見して美味ければそれでいいんだよ」

「そんな大雑把じゃだめネ!」

「それを調整するのが難しいんじゃん。なんか黄金比みたなのあるだろう?」

「……お前らさっきから何を騒いでる」

レイの全く説明をする気のない発言にタカオたちがブーイングを上げていると、その騒ぎを聞きつけたらしいカイが台所に入ってきた。

「Hey!カイもレイの炒飯大好きでしょ?」

空かさずカイも仲間に取り入れようとマックスは同意を求めた。

「お前らの作った炒飯よりは遥かにな」

「事実とは言えストレートネ……。ナイフのようにキレキレネ……」

悪気があるのかないのか分からないカイの即答にマックスは内心傷つき胸を抑えた。

「どうすればレイみたいな美味い炒飯が作れるか聞いてるんだ。カイも知りたいだろ?」

「聞いたところでお前たちに作れるとは思えんがな」

「そうそう」

レイも相槌を打った。

「レイまでひど!」

「いやそういう意味じゃなくて、最初から料理にマニュアルなんてないって話だ」

「それってどういう意味?」

「ベイバトルと同じだ。パーツの組み合わせ、ブレーダーの個性で戦闘スタイルが変わるだろ?俺のドライガーでドラシエルのようなディフェンスが出来ないのと同じで、材料の種類や

具材の切り方一つで料理は全く違うものになる。料理に決まった形なんてないんだ。日本人の好きな味噌汁だって、その家庭によって味なんて違うだろ?」

「そっか……。そういえばそうだよな。何かベイブレードに例えられると分りやすいな」

「僕たちとしたことが、マニュアルという形に囚われていたネ。人それぞれのキャラクターや自由なイマジネーションこそが料理の極意なんだネ」

「納得がいったならそれでいいんだ。さあ炒飯も出来たし、冷めないうちに食べてくれ」

会話を交わしながらも、器用にてきぱきと皿に盛り付けていたレイは、中華スープと炒飯の乗った盆をタカオの前に差し出した。
漂う湯気に鼻腔が擽られ、すっかり忘れていた空腹を思い出した。

「うっひょー!相変わらず美味そうだな!」

「キョウジュたちにも知らせるネ!」

「こぼさないように持って行けよ」

「OK」

それぞれ3人分の食事を盆に乗せたタカオとマックスはすっかり気持ちを切り替えて、キョウジュとヒロミのいる茶の間に向かった。
台風一過の後のように、台所は先ほどの騒々しさとは打って変わり静寂に包まれた。
先程までわがままを迫る子どものようだったタカオとマックスはすっかり料理が上手くなりたい云々の話はどうでもよくなったのか、今は空腹を満たすことに夢中なようだった。

(……体よく話をまとめて誤魔化したな)

(あーよかった。あいつらに一から料理を教えるなんてとてもじゃないがいつになってもまともなものができそうにないからな)

カイ、レイそれぞれがそっと息をついた。



end
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