カイとレイ

□打賭
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「世界を見たいと思わないか――?」

青年に近い少年がそう言った。

少年は仁と書いて「ひとし」という名前だった。

日本という国から父親と一緒に聖獣について調べにこの村に来たと言う。

子供たちは皆、その日本人たちに興味を示していた。しかし、長い間村の外との交流を断ってきた歴史が、初めての来訪者に対して強い警戒心を抱いていた。

子供たちは村の外の男たちに興味は持っていても、決して近づくことはなかった。


金李は一人修練場を抜け出し、少し離れた場所にある丘に来ていた。
村での修練にもすっかり飽きてしまった。毎日同じことの繰り返しで、真新しさは何一つない。
そんな退屈な修練が堪らなくなると、レイはたまにこうしてここに来る。

ここは静かでいい。
風の匂いを感じる。

レイはひょいと軽々しく木に登った。木に登って実る桃の果実を取り、枝に腰掛けながらそれにかじりついた。

甘酸っぱい果汁が口内に広がる。

ふと誰かが背後から近付く気配を感じ、レイは神経を集中させた。

「何だ」

中国語で問う。

相手はぴたりと足を止めた。

「驚いたな。何で分かったんだ?」

レイのいる木より5メートルくらい離れた場所にいた日本人の少年が中国語で言った。

「気配がバレバレだ」

短く言う。

「参ったな、こっそり近づいたのに。…すごいなあ、あんなに軽々と木に登ってさ。どうやってるんだい?」

少年はゆっくりと近づき、レイに向かって笑いかけた。

「俺の問いが先だ」

レイは言った。
日本人の少年は賢い子だと心で思った。

「村の周りを歩いていたんだ。そしたら君を見つけたんだ。君は修練をしないのかい?」

日本人は笑みを見せる。
変な奴だと思った。
何を考えているのか分からない。

「退屈な修練は嫌いだ」

「そうかな。とても理にかなった訓練だと思うけどな。なかなか出来ることじゃないよ」

「……日本人は皆お喋りなのか?」

レイは少年を見下ろした。

「人それぞれさ。もし、俺がお喋りだと君が感じたのならそれは俺が今嬉しいと思っているからかな」

「嬉しい?」

「俺達がこの村に来てから1週間くらい経つけど、君たち子供と口を聞いてもらえたのは初めてだ。どうもここの子供たちは警戒心が強いね」

少年は情けなさそうに笑った。
レイは少年を見下すわけでもなく尊ぶわけでもなくただ見つめた。
この少年がどんな男なのか見定めるために。
少年とふと目が合い、彼はまたにこりと笑った。

「……」

「なあ、俺と勝負しないか」

「勝負?」

「そう。ベイブレードで」

「あんたもベイブレードをやるのか?」

「勿論。君ぐらいの弟がいてね、よく一緒にやったよ」

「弟」

「うん。そうだ、どうせだから賭けをしよう」

「賭け?」

「そう。君が勝ったら君の頼みを一つ聞くよ。もし俺が勝ったらさっきの木の上り方を教えてくれないかな?」

レイは怪訝な目で少年を見た。
へらへらと笑っていてとてもベイブレードが強いとは思えない。しかし、賭けを持ちかけるからには自信があるのだろう。

「どうだい?」

少年が挑発的に見てきた。

「やる」

頼みたいことなんて何もなかったが、退屈凌ぎぐらいにはなるだろうと思った。
レイは頷き、更に木の上に登った。そこにあるものを手に取りそのまま木から飛び降りた。
レイは少年との間にさっき木から出した中華鍋を放り投げた。
これはいつでもベイブレードが出来るようレイが置いといた物だ。

互いに視線で合図をするとベイブレードをシュートした。
シュートと同時に互いのベイがぶつかる。少年のベイの方が弾かれ、鍋の縁ギリギリに止まり円運動をした。
動きは遅い。
レイのベイはあっという間に少年のベイに追い付き、後ろから追い立てるようにぶつける。

やはり大したことはないな、とレイは酷く残念に思った。

やはり、誰にも自分のこの物足りなさを補ってはくれないのか。

ダラダラとしたバトルは嫌いだった。
一気に決めようとレイがベイの名を呼ぶ。

「ドライガー」

小競り合いをしながら滑走していたレイのベイドライガーは一度少年のベイから離れた。

ドライガーはスピードを上げ、激しく鍋の中を動き回り、少年のベイに標準を絞った。
あの程度の速さであれば、アタックすれば一発で鍋から弾き出せる。
ドライガーが少年のベイに向かってアタックした。
これで終わる、そう思えた瞬間相手のベイが動きを変えた。

縁ギリギリを走っていたベイが縁の上に移動したのだ。厚さ数ミリの鍋の縁を減速しないまま走った。
ドライガーは目前にして標的をなくし、そのまま鍋の外へ飛び出した。

ヒュッと風を切り回転力を持ったままドライガーが地面に転がり落ちた。

レイは信じられないものを見たように目を見開いたまま動けなかった。

「俺の勝ちだな」

そんなレイの心境も知ってか知らずか少年はへらりと言った。

「俺が……負けた?」

村で一番の秀才と称えられ、負けることなどライ相手ぐらいのものだった。
ライ以外に負けるなど予想もしていなかった。

衝撃のあまり言葉が上手く出なかった。

「な、ぜ?」

「やっぱ君は強いよ。速さ攻撃力共にね。普通にやっていたら俺は勝てなかった。でも、君は俺があんな方法で避けるとは思わなかったんだろう?」

まるで勝ったのは運がよかったとでも言う少年に、レイの自尊心が揺さぶられた。
拳を握り、俯く。

「世界には俺よりももっと頭が良くて、強いブレーダーがいる。こんな所で満足をしちゃいけない」

世界。
強いブレーダー。
この日本人よりももっと強いブレーダーがいるというのか。

「世界にはもっと強いブレーダーが?」

「ああ。この村なんかちっぽけなものさ。ここには君みたいな将来有望のブレーダーがいる。どうせならもっと世界を知ってほしいと思うよ」

少年はまた微笑んだ。
いや、そんなものではない。
この男は挑発しているのだ。
ずっと、レイを誘っていたのだ。
お前なんかまだまだだと。

「勝ちは勝ちだから教えてくれるだろ?木登り。えーっと君名前は?」

少年が問う。

「約束は守る。でも名前は教えない」

「え?」

「俺にまた勝ったら教える。もう一度勝負だ」


悔しいと思った。
それと同時に自分よりも強い人物がいるということがレイにとって何よりも刺激的で、嬉しかった。
もっとこの少年とベイバトルをしたい。
この少年に勝ちたい。
ずっと小さい時に抱いていた勝つことにひたむきだった頃の気持ちを思い出した。
彼がレイの中の燻っていた闘志に火をつけた。


「面白くなってきたじゃないか」

「次、俺が勝ったらお前の名前を教えろ」

「ああいいさ。俺に勝てたらね」

少年は、子供のように笑った。

二人はそれ以上の言葉を交わすことはせずに、シューターを同時に構えた。




END
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