カイとレイ

□火のように
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「さっきから何をじろじろ見ている」

カイは堪えかねたとばかりに、不愉快を顕にして斜め向かいにいるレイを睨み付けた。
普通なら尻込みをしてしまう威圧感をカイは放っていたが、レイは差して気にした様子もなく頬杖をついたままただじっとカイを見てた。
さっきからこの調子だ。
木ノ宮タカオのように騒ぎ立てるでもなく、マックスのように馴れ馴れしく言葉をかけてくるでもなく、またキョウジュという少年のように怯えた様子を見せるでもないまま、ただ言葉もなく静止したまま、カイに向けられる眼差し。
それが他の連中の誰よりも気に障った。
何かがカイの中で切れそうになった。
手のひらを手に付き、勢いよく立ち上がろうとしたその時、

「世の中には本当にいるんだなと思って」

カイの問い掛けからタイムラグを置いて、話しかけられていたことを今思い出したかのようにレイはぼんやりと言った。
まるで独り言のようでもあった。
何がだ、とその先を促すようにカイはきつく睨み付けた。

「お前のように完璧な奴が本当にいるんだなと感心してたんだ」

「……何のことだ?」

レイの意図が読めず、カイはピリピリしていた。
『完璧』な人間などいるはずがない。
自分で自分が完璧ではないことを知っていたからこそ、その言葉にカイは腹が立った。
お前は俺の何を知っているのだと、そう言ってやりたかった。

「お前の取る行動全てには無駄が感じられないんだ。ベイブレードにも、歩く動作にも、言葉にも、呼吸一つにもだ。まるで火みたいに」

火は美しいと思う。静かで、それでいて力強い。
火が燃えたあと、残るのは炭だけだ。
その潔さが、レイは好きだった。
ただ、使い方一つでそれは人を助けることもあるし、傷つけることもある。
夜を灯す火であり、時には全てを焼いてしまう火。
憧れと恐怖。
どちらの意味でも、火が人を惹き付ける存在であることには違いない。
火渡カイという人間はそういう存在なのだ。

「俺お前みたいな奴、結構好きだ。素直に尊敬をする」

まるで年相応の笑顔がそこにあった。
思わぬ言葉に呆気を取られる。
何を言っているんだこいつは、と信じられないものを見たようにカイは大きく目を開き、口もぼんやりと開いたまま固まった。
頭の中ではぐるぐると騒がしく思考を巡らせていた。
レイの発した言葉の意味を、意図を、レイという人間を理解しようとしたが全くカイには予想がつかなかった。
そもそも面と向かって相手に「好きだ」と軽々しく言えてしまう人間の気が知れない。
ただの国民性だろうかとも思ったが、相手は自分と同じくアジア人種。そんなオープンな文化ではないだろう。
否、国民性など関係ない。
会って日の浅い人間に好意を主張すること自体が不自然。少なくとも、カイ個人の中にはない文化だ。

ふと、レイの動作言動一つに翻弄されている自分に気づき、腹が立ってきた。

「……くだらん。そんなつまらないことを考えている暇があるなら、その完璧というやつになるための努力でもするんだな」

カイは背を向けた。
レイの顏を見ることもせず一気にそう言ってやった。逃げるようで癪だったが、早くこの場から立ち去りたかったからだ。

「それもそうだな」

というレイの声が小さく聞こえた気がしたが、最後まで聞けなかった振りをしてカイは部屋を出た。

バタンと閉まるそのドアの音を聴いて、レイは浅く息を吐き、ソファーの背に背中を倒した。

「やっぱり凄い奴だな。火渡カイは」

まるで火のようで。
熱く、静かで、強くて、美しい。
その完璧なまでの美しさがどうして保たれているのかをレイは知ってしまった。
火が燃料を燃やすことでその美しさを保つように、何かを犠牲にして成り立っていることを。

彼のかけたであろう膨大な時間、努力、犠牲。
それをおくびにも見せないその悠然とした姿。

人は彼を冷たい奴と言うかもしれない。

人は彼に無駄がないと言うかもしれない。

そんなのは彼の表面しか見ていない証拠だ。

レイがカイを完璧だと称したのはそういう事ではない。

彼の無駄の無さが、途方のない無駄の中から出来ているからだ。彼の内に秘めている熱い心を感じたからだ。

そんなカイの人間臭さと、崇高な生き方がレイは好きだと思った。



end
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