長編

□少年森に迷う
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少年森に迷う



白虎の聖獣が守護するというこの国は俗に『白の国』と呼ばれていた。

白老峰という白い岩肌の大きな山が大陸の三分の一程を占めている。
その白老峰からは多種の金属鉱物が採れたが、この国は貧しかった。

カイという少年は一人でその国を訪れていた。

最初に訪れた村に一歩踏み入れると、そこは本当に人が住む場所なのだろうかと疑いたくなる廃れた町だった。
家屋を形作る石壁はあちこち崩れ落ちており、屋根のないものもあった。
川に掛かった木の橋は腐ってボロボロになっていたり、川岸に捨てられたように小舟が置かれていた。
畑は土が乾き、作物はすっかりしなびている。

まだ少年という言葉が相応しい容姿。異国の服。この国では珍しい灰と黒の髪。ルビーの原石のような紅い瞳。
カイが人前を通り過ぎると、町中が視線をよこしてきた。

村人が飢えた目で自分を見ていることに気づいていたが、カイは毅然と前だけを見た。

暫く進むと、小さな市のような場所に出た。ぼろ切れ木の棒に引っ掛けただけの粗末な果物屋に並んでいる果実の一つをカイは指した。

「一つくれ」

骨と皮だけのような痩せた店主がじろりと見てきた。老人に見えたが、もしかしたらもう少し若いのかもしれないと思った。

「……ちゃんと金は持っているんだろうな」

愛想のない店主にカイは黙って懐から財布を出した。

「こりゃ随分立派な財布だな坊主。あんた、この辺の人じゃないね。どこから来たんだい?」

店主はカイの綺麗な刺繍の入った財布をまじまじと見つめると、途端に気さくに話しかけてきた。
カイは何も言わず言われた金額を端に置いて店を離れた。

この国が荒んでいることは話で聞いていたが、まるで無法地帯だな、カイはそう思った。その中でもこの村は特に荒れているのだろう。
一応は人の集落というなりをしているが、とても文化的とは言い難かった。

適当な場所に腰を下ろし、カイはさっきの店で買った果物にかじりついた。果物は酸っぱく、ほとんど味がしなかった。そのまま投げ捨てたかったが、路傍で布を被った老人がじっとこちらを見ていたので全部食べることにした。

そうしていると背後から近づいてくる人の気配にカイは目を細めた。
どうせ招かれざる客人だろうと、そっとため息をついた。

「ちょいと、そこの兄ちゃん旅のお方だろ?良ければこの町の案内なんてどうだい?」

「いらん。俺に関わるな」

男の提案にカイは素っ気なく返した。
カイの口の聞き方が気に入らなかったのだろう、男は何か物言いたげだったが、言葉を必死に飲み込んだことが見て取れた。

「そう言わさんな。この町は物騒だ。旅人……それもあんたみたいな若い奴が一人で出歩くには危険だ。だが、俺たちと居れば安心だ」

「ほう」

「ただし、ただとは言わねえでくんなよ。こちとら商売なんでね」

2人の男が下品に笑った。カイは軸だけになったそれをプッと吐き出した。

「だが俺には必要ない」

カイは相手に目もくれずに歩き出した。
男の手がカイの肩を掴んだ。

「なら、金だけでも置いていきな坊主」

本性を見せた男は力ずくでカイに襲いかかってきた。カイは腰の剣を引き抜くと素早く男の脇下に潜り込み、束を強く押し付けた。鳩尾に見事に決まり、男は苦しげな声を出して尻餅をついた。

「うぐっ!」

「おい大丈夫か?!」

連れの男が駆け寄って肩に腕を回した。

「次は本気で切る」

威嚇に鞘から剣の刃を見せつけた。
ギラリと刺すように輝く光沢。
カイの淀みのない鋭さが込められた眼差しを目の当たりにすると、男たちは苦虫を潰したような顔をして、ペッと唾をカイの足元に吐き捨てると情けなく背中を向けた。

カイは引き抜いた剣を鞘に納めた。

「どうか旅の方、気を悪くしないでくだされ」

先ほど隅にいた布を被った老人が言った。

「この国は今病んでおる。長く神子がお生まれになっていないからじゃ」

その老人はカイを見ていたがカイを見ていなかった。
それは目がないからだ。老人の目はなかった。
しかし、きちんとカイの顔を見上げていた。

「……俺には関係ないことだ」

聞いたわけでもないのに勝手に話をし出す老人にカイは冷たく言った。
だが老人は気にも止めていないようだ。

「神子のいない国がたどる道は同じ。人の心が荒み、国そのものが病む。どんな栄えた国であろうと」

老人は一人で語りだした。もしかしたら頭がおかしいのかもしれない。
カイは老人を一瞥して背を向けた。
この町に長居は無用だった。さっきの輩のような奴がまだたくさんいるだろう。騒ぎを聞き付けて新たな追っ手が来るかもしれない。それを相手するのは面倒だった。

「旅の方、向かうなら北がいい。曇りが消える。良い旅を」

老人の声はカイには届かなかった。



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