長編

□少年虎の子と別れる
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少年虎の子と別れる


カイが目を覚ましたとき、目の前には満月が映っていた。
その周りには満点の星が広がっている。

カイは大の字に天に向かって横たわっていた。
顔や腹、そこら中が痛かった。口の中も切ったらしく、血の味がした。
ゆっくりと、眠る以前の出来事を思い出す。
あの人間ではないという少年に出会い、この森を抜ける方法を教える見返りに散打をするよう条件を出してきた。カイはそれに従い手合わせをした。
奴の動きは獣のそれと同じだった。
人間ではあり得ない跳躍力・反射神経・そして無駄のない動き。
それでも一撃奴の顔に拳を入れた。
しかし、皮肉にもそれが眠れる獅子の片鱗を見せる切っ掛けになったのだ。
奴はあくまでもカイを人間相手として手を抜いていた。軽い手合わせのつもりだったろう。しかしカイは本気だった。
本気でやらなければ自分は死ぬだろうと思った。
その結果が、これだった。
悔しさに土を握りしめて悪態を吐いた。

「……化物め」

「否定はしないぜ」

気配もなくあいつは目の前にひょっこりと現れた。

昼間の虎の威光はそこになかった。
その代わり、月の色と同じ静かな目がそこにあった。

カイは起き上がろうと体に力を入れるが、体がいうことを聞かない。

「無理しない方がいい。大分疲労が溜まっているからな」

「誰のせいだと思っている」

疲労というよりも昼間目の前の奴によって負わされたダメージの方がよっぽどだった。

「思わず力が入ってしまったらしい。悪かったな」

けらけらと笑って言った。。
苛立ちをぶつけるようにカイは睨んだ。

「貴様は何者だ。何故ここにいる」

そいつは胸の前で腕を組んで「う〜ん」と唸った。

「ある人は俺を妖怪と言うし、ある人は虎の子だと言う。幼くして死んだ虎の子の魂が人の姿をしているという人もいる」

まるで他人事のように言う。
カイははぐらかされているのだと思った。

「どういう意味だ」

「何百年も生きている内に昔のことは忘れてしまったんだ。俺が何者で、何でここにいるのかなんて遠くの昔に思い出せなくなってしまったんだ」

またけらけらと笑った。
何がそんなに可笑しいのかカイには理解ができなかった。
呆れてついため息をつきたくなる。

「とんだ間抜けだな」

カイは心配になった。
こんな痴呆を患ったような虎の妖怪に森の外へ案内が出来るのだろうかと。
結界から出る方法を忘れているかもしれないし、結界があること自体勘違いと言うこともある。
人を迷わす結界なら、既にこの妖怪もその被害者とも考えられなくもない。

自力で抜け出す方法を真剣に考えようかと思い始めた。
そんなカイの考えを読み取ったのか、虎の子は立ち上がって言った。

「安心しろ。結界からは出してやるよ。でもそれは明日になってからだ」

地面に這いつくばるしかないカイの姿を見て笑った。極めて不本意であったが、そうするしかなかった。

「ここで死なれちゃ目覚めが悪いからな。俺が食べ物を採ってきてやったぞ」

虎の子は狩った獲物を自慢する猫のように目を輝かせ、大きな葉でくるんだそれをカイの横に置いた。

そこにはカイの知らない木の実が数種類と川魚の串焼き、あと木で出来た器にスープのようなものがあった。

「ふふんどうだ?」

褒めてくれと言わんばかりに虎の子は胸を張っていた。
カイはそれを無視して葉の中の食べ物を疑わしげに見た。

「……食えるのか?」

「失礼だな。これでも食には少々うるさい。こんなに強い俺が毒殺なんて下衆な真似をすると思うか?」

一々誇調表現が多い奴だと思った。
何百年も生きているとこうも態度が大きくなるものなのだろうか。

「妖怪の腹と一緒にするな」

「安心しろ。以前迷い込んだ人間に食させたことがあるが、元気はつらつだったぞ。まあお坊っちゃんのお口に合うかは謎だがな」

含みのある言い方にカイは声を低くした。

「……どういう意味だ」

「俺の勘だ。気を悪くしたか?」

全く悪気の無さそうに言うその顔からカイは目を逸らした。

そのまま悲鳴を上げる体にむち打ち、無言のまま出された食べ物を食べた。

余程お腹が空いていたからだろうか。カイは夢中になって食べた。

美味いとも不味いとも告げず、完食するとカイは再び目を閉じた。





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