長編
□少年虎の子と別れる
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夜が明けてカイが目を覚ますと不思議なことが起きた。
あれほど蓄積していた体の痛みや疲労が嘘のようになくなっていた。
寝れば治るというものではなかったはずだ。むしろ前よりも体が軽く感じられるほどだった。
カイは虎の子の姿を探した。
周りには草木があるだけで、姿が見当たらない。
どこかへ行ってしまったのか、あるいは虎の子など最初からいなかったのか、そう思いそうになったとき、背後の方で木が微かに揺れた。
「お目覚めのようだな。どうだ体の調子は?」
「お前が何かしたのか?」
虎の子はカイに一つ赤い実を放った。
「朝飯だ。食えよ」
昨夜、虎の子が用意した木の実の中にも入っていた赤い実だ。
カイはそれを手に取りしげしげと見た。
「それはすももという実だ。この国にはそれに似た桃という実がある。それには魔除けの力があるとされこの国では愛されているらしい」
虎の子は自分の分を食べた。
『桃』ならカイも知っていた。カイの国にも白の国から輸入される。この『すもも』よりはもう少し大きく、色味も酸味も薄い。
虎の子は怪我が治ったのはこの『すもも』のおかけだと言いたいのだろうか。
虎の子は食べるのに夢中なのかそれ以上何も言わなかった。
虎の子はくるりと回転して木から降りると、「行くか」と言った。
虎の子は真っ直ぐ東に進んでいるようだった。
カイはその背中をついて歩く。
虎の子の着物には背中に大きな太極図が描かれていた。勾玉のようなものが二つ組合わさり、円を描いている。白い勾玉と黒い勾玉には、各々に反対の黒と白の円がある。陰陽というものを表しており、陰のあるところには陽があり、陽があるところには陰があるという意味を示している。
陰陽五行説という白の国に伝わる概念であると同時に、この世界の真理でもあった。
人間は妖怪を陰として例える。それらのほとんどが人間の陰に潜む邪なものと考えられているからだ。それに対して人間を陽に例えた。
だが今のカイには下手な妖怪よりも人間の方が陰の気が強いように思える。
目の前のこの妖怪の方がよっぽどマシに思えた。
少なくとも、自分の方が大概暗い陰を持っている。そう思った。
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