長編

□少年青年に出会う
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少年青年に出会う



カイが適当な宿屋を見つけたときだった。財布が無いことに気づいた。

常に懐に仕舞っている筈だった。別の場所に仕舞うことは有り得なく、同時に落とすこともカイには有り得なかった。

心当たりと言えばあの橋の上で会った妙な男だ。
その男以外に半径1メートル以内に人に近づいた覚えはなかった。

「ちっ」

カイは舌打ちをすると、道を戻った。
普通に考えれば既にあの場に男はいないだろう。
だがあの時、男は直ぐ近くの食事処でカイも食事をするように誘った。
単純な見解ではあるが、男はそこにいるように思えた。

陽は沈みかけていた。
『牡丹杏』という看板の立つ店の前に明かりが点っていた。カイはその店の扉を開いた。
大広間に円台がいくつかあり、夕食時ということもあり満席だった。カイは視線を配った。

青年の姿は直ぐ見つかった。

一番隅の席に、あの青年はいた。
カイは静かにその男の前に立った。
青年はお茶を一口飲むと、カイの顔を見上げた。

「やあ、来ると思っていたよ」

青年は飄々と言った。
笑みを浮かべて言う青年に全ては図られていた事だったと確信した。

「貴様、どういうつもりだ?」

「これ、もしかして君のじゃないかな。あの橋に落ちていたんだけど」

青年は懐から財布を出した。
それは間違いなくカイの物だった。
カイが財布を落としたのではない。この男が橋でぶつかったときに、意図的にカイの財布を盗ったのだ。

青年の言葉を鵜呑みにするカイではなかった。青年とてそれに気づいているはずだ。
にも関わらず素知らぬ振りを演じる青年がカイは気に入らなかった。

「どういうつもりだ?」

「まあ、これも何かの縁だ。座ったらいいよ」

浮かべられた笑顔に対していくらカイが敵意を剥き出しにしても通じることはないと悟った。
カイは黙って椅子を引いて、青年の向かいの席に座った。

「君も何か頼むといい。俺の奢りだからね」

「盗人に奢られるほど俺は困っていない」

「君は素直じゃないね。こういうときは大人を立てるもんだよ」

青年はお猪口の酒を一口飲んだ。
顔は全く赤くはなかったが、こいつは酔っているんじゃないかと思えた。

「そう睨むなって。俺にはね、君くらいの弟がいてさ」

そこで言葉を一度切った。
何故弟が出てくるのか分からなかった。
同じ異国の者と知って、意味もなく仲間意識でも感じたとでもいうのだろうか。

「そいつと俺が似ているとでも言いたいのか?」

「いや全然。むしろ、正反対だね。単純一直線なお調子者さ。でも世話が焼ける奴ほどかわいいとも言えるけどね」

男は笑った。

「ただの身内話がしたいなら俺は帰る」

「おいおい待てよ。意外とせっかちだな」

「……」

どこに好きで盗人と顔を付き合わせて食事をするという人間がいるだろうか。

さっさとこの場を去ってしまえばそれまでなのだろう。いつものカイであれば当然そうしていた。

なのに、何故かこの男の得体の知れなさに、どこか興味を引かれている自分がいることに気付く。

それすらもこの男の思惑なのだろうか。
のらりくらりとしているが、一種の呪いにかけられているようだと思った。

「俺はね、いわゆる考古学者って奴なんだ。つまりは古い遺跡や文献から当時の事を明らかにするというのが仕事なんだけどね。この国にはとある人の依頼で来たわけ」

女中がやって来て向かいに座る男が注文した食べ物を並べた。

「その依頼っていうのがこの国の神子様についてなんだ。君も聞いたことはあるだろ。この国には長い間神子が誕生していない。だがそれは何故か。はたはそもそも神子は何故誕生しなければならないのか。興味ないか?」

「ないな。所詮俺はよそ者だ。この国の事などどうでもいい。俺がそれを知ったところで何も変わらん」

いい加減にカイは苛々していた。
この男が何をしたいのか分からなかった。

「本当にそうかな?」

男は意味深げにカイを見た。





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