長編

□朱の神子崖を落ちる
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カイとジンは予定通り明朝夜明けと共に都を出た。
白の国の皇帝に借りた馬に又借り、カイは元来た道を戻ることとなった。

大河沿いの村から出ている舟に乗って川を下り、更に二晩ほどかけて歩けば以前カイが虎の子と別れた森の入り口になる。
渡し守の村には日が昇りきる前に着いた。
村に馬を預けてから、今その渡し守りの男と一緒にカイとジンは小舟に乗って川を下っている最中だった。
この白の国を都のある東側と白老峰のある北西との間を縦断する大河は更に北にある玄の国から流れてきている。
雪と氷河の国で知れている玄の国は1年の殆どが厚い雲に覆われており、万年雪の積もっている大雪山がある。そこの雪解け水が湖を作り、白の国と青の国にその清らかな水が川となり流れているのだ。
この川は白の国を南下しながら国の西側に向かって海へと繋がっている。
玄の国の南東にある青の国も同様に川は国のほぼ中心を縦断して朱の国へと流れていた。
温暖な気候にある朱の国では水源とは必要不可欠なものであり重宝されている。身分の高い者ほどその水源を独占できるという変なルールがあった。
当然一国の王族という立場にあるカイにはそんな不自由はしたことがなかった。

カイは向かいに座るジンを見た。

ジンは舟の上から見える景観を楽しそうに眺めていた。
何がそんなに楽しいのかはカイには理解できなかった。

「城の書物に書いてあったけどこの河は地元民に白河(はくが)と言われているらしい」

ジンが突然話題を振ってきた。
ジンは川面に手を伸ばし水を掬い上げた。
ジンの手のひらにある水も、舟が浮かんでいるこの川も微かに白く濁った乳白色をしていた。
それも黄の国から舞い込んできた砂が堆積した結果だろうか。

「元々この辺りの岩質は石灰を多量に含んでいる。それから黄の国からの黄砂も混じっているからミネラルも豊富なんだ」

「なら河の水でも飲んだらどうだ。少しは曲がった性根が直るかもな」

「君はどうしてそういうことを言うかな」

「ふん」

「俺が言いたいのはさ、名は体を表すってことだよ。名前にはちゃんと意味があるんだ。姿形であったり、そのものの性質だったりね。だから名前にもそれに至った歴史的背景があるわけで、そういうのを調べるのも考古学の一部なんだ」

「それがどうした。名前なんてただの記号だろ。白い河。それだけだ」

「広義の意味ではそうだろう。でも例えばジンという人間がいる。世界中を探せば五万といるだろう。でも青の国のジンと言えば人数はかなり絞られる。更に考古学者のジンと限定すれば更に人数は減るだろう。そして最終的に今君の目の前にいるジンという男は俺一人しかいない。少なくとも君にとってはただの記号ではなくもっと親しみのある存在になるだろ?」

「別に親しくはないがな」

「……君もしかして友達いないんじゃない?」

相も変わらず愛想のないカイの言葉にジンが顔をしかめた。しかめられたからと言って言葉を訂正する気はなかった。
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