小説H

□玉章連載
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何も無かった。
何も考えられなかった。
何を考えたらいいのか分からなかった。
うん。最後のが一番、しっくりくる。

ぼーっと、働かない思考回路を、まず目に入るくらーい地面にだけ働かせて、俺は現状をただつらつらと脳みそで繰り返していた。

今俺は、暗い色の地面にしゃがみこんでいる。
今俺は、暗い色の地面にしゃがみこんでいる。
今俺は、暗い色の地面にしゃがみこんでいる。

俺は今、何をしたらいいんだろう。

少し前までは、それがはっきりしていたはずなのに、最近になってそれがぽっかり記憶から零れ落ちてしまったように、
忘れてしまったようだ。

俺はなんだったんだろうか。
誰かのために頑張ったり
誰かに頼られたりしたことはあったんだろうか

俺は誰かを愛していただろうか
俺は誰かに愛されていただろうか

覚えてなかった
覚えてなかった

「可哀想だね。」

ぽつりと、頭に雫が落ちた。
雨だ。と、無意識に上を見上げたら、ふわりと色の白い手が、
俺の頭に手を置いた。

「忘れちゃったんだね。」

哀れむような、そんな声が、
俺の上に降りかかって、
頭に置かれた手がよしよしと、俺の髪を撫で付ける。

ずうっと前にも、誰かにされたような覚えのあるその行為に、
俺は何故だか心地よくなって、
ふにゃりと目元が緩む。目蓋が重い。

「かわいそうに。思い出せないのね。」

悲しそうな声は、
かわいそうにを繰り返す。
かわいそうなのか。かわいそうだ、俺は。

忘れてしまったから。
何を忘れたかも、忘れてしまったから。

守りたいものがあったかもしれない。
大事なものがあったかもしれない。

全部全部、忘れてしまったから。

「っぐ、う、うっ・・・う・・・。」
「うん。悲しいね。大丈夫だよ。」

大丈夫だよ。大丈夫だよ。

大丈夫なの?
そうか、大丈夫なんだ。

また廻る。命は廻る。
何度も何度も繰り返す。

過ちも闇さえも。
何度も何度も繰り返すんだ。

だから大丈夫。

記憶はなくしても、
全部体が覚えてる。

大丈夫だ。大丈夫なんだ。

「大丈夫。だい、じょうぶ。」
「うん。大丈夫だよ。」

頭を撫でる手がだんだんゆっくりになって、

ゆっくり、ゆっくり離れていく。

ふと、手が離れたかと思えば、
ぱたぱた降っていた雨も、ゆっくりゆっくりあがっていって。

暗い色をしていた地面も、
だんだん、命のエネルギーをたくさん含んだあったかい色になって。

次には、俺の身体が薄くなっていった。

「ま、て。まって・・・。」

雨よ、雨と一緒に来た誰かよ、






雨よ止まないで

さみしいの。いかないで。

―――――――
犬神の転生物語でした。
そしてしばらくして犬になる、と。(笑)

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