小説H

□bsr連載
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化け物は迷う事無く道なき道を進んでいた。
この道の先に本当に山賊たちが集う場所があるのだろうかと後をつけていけば、確かに気配がいくつか感じ取れる。
まさか、とごくりと唾を飲み、最悪の事態を想像したのだが、化け物が背中の大刀を手にし、軽々と構えたのを見て、その想像を打ち消した。
あーめんどくさ、と呟く化け物。気だるげな化け物の表情は、独眼竜や各地に回された似顔絵に書いてあったような残虐な行為をしたようには全く見えない。
恐ろしい雰囲気の欠片も持たない化け物の背中を見て、なんだかすこしだけ、不安になったりもしたが、化け物が山賊の中に飛び込みにいく前にとめることも出来ず、俺はただただその姿を見送っていた。が。

「っ!」

思わず息を呑む。
にまり、と口角を吊り上げた化け物。そう、化け物は、本当に、「化け物」だったのだ。
鳥肌が立った。突然割り込んできた幼さの残る容をしている化け物に、汚らしい笑みを浮かべながら不用意に歩み寄った山賊の一人を容赦なくぶった切った化け物。目を見開かざるを得なかった。豹変振り、というか、なんというか。
思わず、化け物、いや、自分が知っている「彼女」が流した涙を疑ってしまったが、暫く忍をやっている自分には分かる。あれは本物だ。
だが、血をぶちまけて顔面から浴びている化け物も、たしかに、本物だ。
有り得てはいけないその状況に、恐れおののきつつも己の自尊心から逃げられずに刀を取る山賊に、躊躇う事無く大刀の切っ先を叩きつけ、殴り、蹴り上げる。
切っ先のかすった山賊の腹は見事に裂け、骨も無視した傷口がぱっくりと遠くにいるこちらからでも確認できる。
振り回すようにがむしゃらに振られたこぶしに運悪く当たってしまった山賊のわき腹がぼきょりと面白いくらいに陥没して、反対側のわき腹から飛び出た肋骨がのぞいた。
よろけた拍子に振り上げられたらしい足に山賊の膝が当たり、山賊の膝から上がぴよんと飛んだかと思えば膝から下は地面に付いたまま。つまり、膝の部分が割れて吹っ飛ばされたらしいのだ。宙を舞う間に膝から太股までの肌にピッと切り傷が走り、ぱちゃん、とはじけるように肉が吹っ飛んだ。

まるで狂った画家の絵でも見ているようだ。
その空間が紅に染まっていく。普通では考えられない、非現実的な現象が当たり前のように繰り広げられる。
ざわざわざわと肌がざわめき、既に肌にたった産毛が震えているような気分だ。寒い。背筋が凍っているような気がする。
思わず、篭手の付いた硬い手を自分の腕に回し、さすって暖を取ろうとする。勿論そんなことは出来ない。もし出来たとしても、その光景を見たままでは意味を成さないだろう。
だが、たしかに残虐的だが、目を離せない中毒性もあり、俺は食い入るように化け物の動きを目で追っていた。

「ぐきゃ、あ」
「っこれで、最後?!」

っぱぁん、と、刃ではなく刀身の平べったい部分で、叩くように打ち付ける化け物。よほどの衝撃だったのか、人の頭がまるでトマトを地面に叩きつけたときのように飛び散る光景は頬が引きつる。
最後、という言葉に、はっと息を呑めば、確かに化け物以外にその場にたつものはいなかった。殆どが、死んでいる。大半は一撃で命を落としているだろう。深い傷だ。運良く意識があっても、助かる傷じゃない。ただ苦しいだけだ。
だが、ふいに化け物がある場所を見、少しだけ足を動かして、数歩先の山賊の死体――いや、生きている。辛うじて、息をしているようだ。その山賊の脇に立った。
先程の、膝を蹴り上げられた山賊だ。
蹴られた右足は綺麗になくなっているが、怪我はどうやらそこだけだったようで、ひー、ひーと苦しそうな呼吸を繰り返している。
その山賊の胸部に、化け物はそっと足を乗せたかと思えば、そのまま、ぐっと足に力を入れ始めた。

「ふぐっ、ぐ、ぎ、ああ、あっ」

普通の少女の体重なら、確かに苦しいかもしれないが、死に至るような衝撃はないだろう。だが、化け物の足元に一瞬びしりと亀裂が走ったかと思えば、みしみしみし、と山賊の胸部に化け物の足がめり込み始めた。そんな、と声を上げかける。が、何とか堪えた。

「あああああ、ふっうごおおおおお!!!」
「・・・・っ」

びし、びし、と地面の亀裂も深くなる。と、そのときぼきんと割れる音が耳に届き、はっとすれば化け物の足が山賊の胸部を踏み潰していた。
ぐたりと力をなくす山賊。心の臓を直接潰せば、そりゃあ死ぬだろう。思わず苦笑が漏れた。


「・・・・終わりか。」

ふ、と息をついた化け物。
本当に化け物だった。本当だった。あれは、確かに化け物というのに相応しい。有り得なかった。有り得ない、という言葉以外に、何を言ったらいいか分からなかった。
俺は、思わず自分のいた大木の枝を蹴っていた。








This is secret!

(これは秘密なんです。)

――――――
主人公の体重いつも重いわけじゃないんです。
ムニルさんが一時的に重くしてくれた的な感じだと思っといてください。えへ。

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