小説J

□錯覚2.7
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「伊達政宗、よね?」

その女は、若草のような髪の色をした美しい忍びに抱えられて俺の前に降り立った。
艶のある黒い髪。白い肌。赤い頬。潤った唇。大きな目。
忍びと揃って、美しい、少女であることには変わりはなかった。けれど、そんな女が俺の名を呼んだとき、そんな女が俺の前に降り立ったとき、そんな女が俺の視界に入ったとき、言葉に表しがたい恐怖が俺の心のうちを駆け巡ったのだ。
耳に入ってくる音。ざわわわりと肌を生ぬるい風か撫で、ごまかすように唇を一文字に結ぶ。
女は、忍びの腕からよろけながら降り、俺のほうへ歩いてくる。
さわり、さくりと草を踏み、俺に一歩一歩近づいてくるその女のなんと恐ろしいことか。
手の指先は痙攣し、麻痺し、感覚がない。隠すように、俺は手をぐっと握った。

「あなたに会いに着たわ。」
「・・・Who are you?」
「私は○○。あなたのすべてを知るものよ。」

What?女はたおやかな笑みを浮かべ、そっと俺に手を伸ばした。動けなかった。動いたら、俺はどうにかなってしまう気がした。
女の手が俺の頬に擦り寄った。俺は、目を見開いた。

「つらかったわね。お母さんに、見捨てられて。つらかったわね、がんばったのに、認めてもらえなくて。」

や、やめ――。
ぶり返される過去の記憶。脳みそが振動し、入り混じるような感覚。
つらいわね。かなしいわね。さみしいわね。
女はそういいながら俺をなでた。俺は。俺は、吐いてしまいたかった。こいつは、こいつは、こいつは!

「私があなたを愛してあげるわ。私はあなたをわかるもの。つらいことは、誰かに話すと、和らぐでしょう?」

あなたはぜんぜん悪くない。悪いのはお母さんよね。


ああぁああああ!

「つらいことは忘れちゃいけないのよ。克服することが、成長への一歩なの。」

あああああああ!

「あなたの周りには、あなたを理解してくれる人がたくさんいるわ。」





ぶつん。
頭の奥で、何かが切れた。
俺はがくりと膝をつく。
女の手は、まだ頬から離れなかった。

母上を、母上を、悪く、いうな。

俺は乱れた思考でそれを作った。

母上を、俺の過去を、見ても、感じても、わかりもしない、お前が。

ぼろり。涙が落ちる。
女の手が、俺の涙をぬぐおうと目に伸びたので、俺はそれをさえぎるようにして顔をそむけ、自分でぬぐった。

何を話せと?愛してくれた母を殺したことを?
何を克服しろと?病にかかった自分の弱い体を?
何を忘れるなと?実の弟も手にかけた真っ赤な俺を?

は。

誰が、話すかよ。

あれは俺の中で封印されたものなんだ。
知っているのは極わずかなものばかり。
醜い右目は今は強さの証。
決して、弱さの証拠ではない!

いつしか女への恐怖は憎悪へとかわる。
何でもかんでも知っているらしいが、知っているならその情報は簡単に口外する話ではないことも知っているはずだ。
俺の前でその話をすればどうなるかも知っているはずだ。

それを知るものは信頼できるものでなければならない。
はじめてあって、愛しているだなんて簡単に、そんな重い言葉を簡単に押し付けてくれる奴なんかが、知っていい情報ではない。


ふと顔を上げれば、女はすでに消えていた。
けれど忍びは残っていた。
鋭いままの瞳で忍びを見上げれば、何も言わずに頭を下げてきた。
そして、そのまま部屋を出て行こうとする。

俺は、ふいにそいつに声をかける。

「あの女はどうした。」
「主ならば、あなたを一人にすべきだと席をはずされました。」
「そうか・・・。」
「主に何か御用ですか?」
「いや・・・。」

能面のような顔の忍びは、少しくらい表情を変えればより美しくなるだろうに、ぴくりとも動かさずに俺にそういう。
俺は、あの女を●●●、なんていえずに、視線を下に落として受け流す。
そうですか、とつぶやいた忍びに、またたずねた。

「お前はなぜあの女につく。」
「神様と天使様の命令です。」
「GodとAngel・・・?」
「はい。」
「命令だから、つくのか。」
「そうでなければ・・・いや、なんでもないです。」
「・・・お前は命令には忠実なのか。」
「神様と天使様の命令ですから。」
「・・・GodとAngelは、お前にとってなんだ。」
「父と母です。」
「・・・ほう。」

当然だろうと物語る忍びの顔に、俺は少しだけほっとした。
あの女の言葉を、ほんの少し、間に受けてしまったらしい。
母上が、悪人になってしまったと、そんな気持ちになってしまっていたらしい。

父と母は絶対である。
そう、忍びは全身で俺に言っていた。

「・・・thank you忍び。」
「俺は何もしていませんが?」
「主を俺に乗り換える気はねえか?」
「・・・主がお亡くなりになってくれたあと、神様と天使様がお許しになれば。」
「OK。覚えておくぜ。」











お前が!

(息をする度に私は少しずつ死んでいる)

―――――――
ちょっと贔屓しすぎたかな・・・。
まあいっか。
そういえば、政宗さん、お母さんと弟さんどっちか殺してなかった気がする。
ごめんね!捻じ曲げちゃった!

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