RKRN×携帯獣

□水に落ちたら恋にも落ちた
1ページ/1ページ

「あ、いたいた。土井先生ー」
「やあ、アヤノくん。私に何か用かい?」
「火薬委員会の久々知兵助くんが探してましたよ。何でも今度の予算会議に提出する予算案の相談だそうで…」
「そうか、ありがとう。今山田先生に頼まれた用事の途中だからそれが片付いたら… 」

ガサッ!

「土井半助!覚悟ぉぉぉぉぉ!!」
「きゃあっ?!」
「おっと」

突然茂みから現れた黒い忍者服を着た男の人が刀を構えたまま飛びかかってきた。
土井先生はそれをひらりと避けて手にしていた出席簿の角で彼の後頭部を思い切り叩く。
うわあ、痛そう…
そして謎の忍者さんは私達から少し離れた場所に吹っ飛ばされたまま痛みに悶絶してその場にうずくまってしまった。

「えーと…土井先生、あの人は一体何者なんでしょう?」
「ああ、彼はタソガレドキ城忍者隊の一人で諸泉尊奈門くんだ」
「タソガレドキって確か戦が好きな余り評判の良くないお城ですよね?何でそこの忍者さんが土井先生に攻撃してくるんですか?」
「以前彼と初めて戦った時に使った武器が余程気に食わなかったらしくてね、事ある毎に勝負を挑んでくるんだ」
「何を武器になさったんです?」
「チョークケースだよ。あと今使ったのと同じ出席簿」
「土井先生…それは」
「隙有り!」

それは喧嘩を売られても仕方無い気がします、と私が言い終わる前に再び諸泉さんが立ち上がってこちらに勢い良く駆けて来る。

「甘い」
「うぉぉぉぉぉ!…おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」


再び見事な身のこなしで避ける土井先生。
そして諸泉さんは勢いを付け過ぎたのか、立ち止まれずにそのまま私と土井先生の間を駆け抜けて行ってしまった。

ザッパーン!!

「今の音は…」
「大方勢い余って生徒達が水練の訓練用に使っている池にでも落ちたんだろう。あそこはそんなに深くないからすぐに戻ってくるよ」
「でも今音がした方角、水練用の池じゃなくて学園長先生が鯉を飼育している池のある方だと思うんですけど…ヒスイがいつも使わせてもらってる、あの子が余裕で泳げる位大きくて深い…」

重い沈黙が周囲を包む。
だけどそれも一瞬の事で私達は急いで深い方の池がある方角へ走り出す。
案の定、そこは大きく波立っていた。
しかし岸辺にも水面にも先程土井先生に挑みかかった彼の姿は…無い。

「…っ!尊奈門くん!!」
「ヒスイ!」

私はボールから飛び出てきたヒスイの体にしっかりとしがみ付き、そのまま指示を出す。

「あの池に“ダイビング”!!」
「アヤノくん?!」

ザブーン!!





「ううっ…」
「あ、気が付いたんですね。良かった」
「君は確か…」
「善法寺伊作です。ここは忍術学園の保健室で貴方は池で溺れてここに運ばれてきました」

そうだ。確か私は土井半助に勝負を挑んで、攻撃したら避けられて、しかもそのままの勢いで忍術学園の池に落ちて…そこからの記憶が無い。
一体どうやって助かったんだ…?
まあいい、今日はもうタソガレドキ城に帰ろう。

「世話になったな」
「駄目ですよ、まだ休んでないと」
「そういう訳にもいかないだろ。一応タソガレドキと忍術学園は敵対関係なんだし」
「…どうしても帰るって言うならアヤノちゃんとヒスイちゃんにちゃんとお礼をしてから帰って下さいね」
「アヤノ?ヒスイ??」

初めて聞く名前だ。

「貴方を助けた恩人達ですよ。今頃は職員室長屋にある土井先生と山田先生の部屋でお説教されてる筈です」
「説教?」
「行けば分かります」

保健室を出て、職員室のある長屋へ行くと複数ある部屋の一つから土井半助と誰かの話し声が聞こえてきた。

「全く、まさか着物を着たまま池に飛び込むとは思わなかったぞ」
「“ダイビング”は人間とポケモンが一緒に水中へ潜る事が出来る技なんです。あれさえ使えば深い海の底にも行けちゃうんですよ」
「それならそうと潜る前に言ってくれ!…水を吸った着物は只でさえ重いのが更に重たくなるから君まで溺れてしまわないかと心配したじゃないか…」
「すみません、一刻を争うと思った物で…」
「失礼する…うおっ?!」

部屋に入るとそこにあったのは正座をしている土井半助と同じく正座で彼と向き合っている娘の背中、そして世にも美しい蛇に似た不思議な生き物が彼女の傍らでとぐろを巻いている光景だった。
とりあえず…どっちがアヤノでどっちがヒスイだ…?!

「おや、尊奈門くん。目が覚めたんだね」
「まあな…ところで私を助けてくれたアヤノとヒスイとか言う奴を探しているんだが」
「それならここにいる彼女達だ。アヤノくん、尊奈門くんが来たよ」

くるりと振り返った娘の顔を見て池で気を失う直前の記憶が蘇る。
それは水中に射し込む日の光を浴びて七色に輝く鱗を持った大蛇とそれに掴まったまま私の方へ懸命に手を伸ばす彼女だった。

トクン

「(ん…?何だ今の音は)」
「初めまして、私つい最近この学園でお手伝いさんとして働く事になったアヤノと言います」
「タ、タソガレドキ忍者隊の諸泉尊奈門だ。助けてくれて…ありがとう」

突如脳内に響いた謎の効果音に内心で首を傾げている間に彼女から自己紹介されたので慌ててこちらも名乗ってついでに礼も述べた。

「いいえ、当然の事をしたまでです。体調はもう良いんですか?」
「ああ、お陰様でな」
「良かった…」

安心したのかふわりと柔らかな微笑みを浮かべる彼女に再び脳内でキュンと謎の効果音が響く。ついでに何だか顔が暑い気がする…が、私はそれらを無視して隣の大蛇に視線を移した。

「で…そこにいるのがヒスイか?」
「はい」
「ミロ」
「綺麗だな…こんな生き物、初めて見た」
「それはそうですよ。だって私達は…」
「?」

アヤノの口から語られたのは彼女達がこことは別の世界から来たと言うにわかには信じ難い出来事だった。
しかしそうでなければヒスイの様な不思議な生き物がここにいる事が説明出来ないのもまた事実で…
だから彼女が言っている事は本当なのだろう。

「お前…大変な思いをしているんだな」
「あら、そうでもないですよ?ここでの生活も大分慣れてきましたし、何より学園の皆さんは優しいですから」
「そうか…あー、その、何だ。困った事があったら言え」
「え?」
「命の恩人への恩返しとでも思っておいてくれ。うちの忍者隊はかなり規模が大きい方に入るからもしかしたら他国の情報を集めている内にお前が元の世界へ戻る方法が見つかるかもしれないし…」
「…っ!ありがとうございます諸泉さん!!」

彼女が私の名を呼ぶ声と心底嬉しそうな笑顔を見て今度こそ自分の顔に熱が集まるのが嫌でも分かった。心臓もドキドキと喧しい。
まさか、いやそんな、でもそうとしか考えられない。

「どうしたんですか諸泉さん、顔真っ赤ですよ?」
「き、気のせいだ!」
「気のせいじゃないです!まさか池に落ちたせいで熱が出たんじゃ…ちょっと失礼しますね」

忍者の三禁忍者の三禁忍者の三禁…と脳内で必死に唱えていると突然アヤノが片方の手を自らの額に、もう片方の手を私の額に…?!

ボンッ!!

「ミロ?!」
「諸泉さん?!」

ち…近い近い近い!顔が近い!!

「大丈夫だ!何でもない!!」
「尊奈門くん…まさか君、アヤノくんに一目ぼ「 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

余計な事を言おうとした土井半助の口を慌てて塞ぎ、そのまま立ち上がる。

「いいか土井半助!今日の所は命の恩人であるアヤノの前だから引き上げるが、次は絶対にお前を倒すからな!!それからアヤノ!!」
「は、はい!」
「…でいい」
「え…?」
「尊奈門でいい!それから、今回の礼はまた改めてさせてもらう!では!!」

言い捨てて回れ右をした私の背後で「尊奈門さん!お大事に!!」とアヤノの声がした。
礼をすると言ったが一体何をすれば良いだろう。甘味処に誘うか、白粉や紅を送るかはたまた簪か。
そしてこの学園の生徒達…特に保健委員会の生徒を気にかけている組頭には彼女という新入りの存在を報告せねばならないだろう。
だが存在を知った経緯を訊かれた時、私は何と答えれば良いのか?
今分かっている事は少なくとも…




水に落ちたら恋にも落ちた
なんて言える訳がないって事だ



(尊奈門さん、あれ絶対熱ありますよね。本当に大丈夫かしら)
(ヒスイ、ひょっとしてアヤノくんって鈍いのか?)
(ミロ)
(…やっぱりな…(道のりは遠いぞ尊奈門くん…))





.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ