ポップン単発夢
□赤い鈴
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「すまないな、僕の用事に付き合ってもらって」
「いいえ、これ位何でもありませんわ」
夕暮れの街の中、僕と律夏は手を繋いで家へと向かう。
律夏は軍人の名門の娘。
かつ家同士で決めた許婚だったが、そんな事に関係無く僕達はお互いを想っていた。
戦争中の荒んだ時代だがそれでも僕達は幸せだった。
「そうだ、礼と言っては何だが…あった。これをあげよう」
懐から取り出したのは鈴の付いた髪飾り。この前律夏に似合うと思って買った品だ。
「ありがとうございます!…どうですか?」
「良く似合ってる。選んだ甲斐があったよ」
すぐ側にある時計屋に並んでいる鳩時計が時間を知らせる音と一緒に嬉しそうに笑う律夏の髪飾りに付いた鈴が鳴っていた。
りんりりぃん
ある朝私の最も愛しい方は黒い服を着ていました。軍の中でも上位にいる者が着る黒い軍服を。
「父の命令で今度司令官として出征する事になったんだ…A地区まで」
そこは激戦区として有名な場所。
そこに身内が行った事によって悲しい報せを受け取り、涙を流す方を私は幾度となく見て参りました。
「そう…ですか…」
「君は…」
「え?」
「君は…僕がいなくても平気かい?」
私の手は震えました。
私を置いて行かないで、一緒にここで生きてと叫びたい。
でもここでそれを言えば周りからは『非国民』と蔑まれてしまい、許婚である極卒様にも白い目が向けられるでしょう。
この何よりも愛しい方に迷惑を掛けたくなくて私は無理矢理笑顔を作りました。自分でも吐き気すら覚える作り笑いを。
「私は大丈夫です。だってとても栄誉な事なのでしょう?だからお気になさらな…」
全部を言い終わる前に極卒様に抱き締められていました。
「…必ず帰って来る。その時は祝言を挙げよう」
極卒様は私の気持ちを見抜いていたのです。それでも私を責める事はありませんでした。
「はい…!」
りんりりぃん
極卒様の肩に顔を埋め、声を殺して泣く私の髪で彼から貰った鈴が体の震えに合わせて鳴りました。
そして迎えた出征の日。
見送りに来た連中は万歳三唱し、美辞麗句を並べ立て、事ある毎に「お国の為に」だ。…馬鹿馬鹿しくて欠伸が出る。
ふと見送りの中にいる律夏と目が合い、その後ろにある物が見えた。
そこにいたのは白装束の老婆。確か夫と息子を先の戦いで亡くして気が触れたと聞いていたが…
ぺろりと舌を出しながら老婆は叫ぶ。
「右手は空へ左手は海へ捨て立派に蒼天仰げよ!お国の為に戦え!生きて帰るは軍人の恥!!」
『生きて帰るは軍人の恥』?
上等だ。
例え恥でも構わない。僕は必ず律夏の所に戻って来てやる。
ずっとこのまま何事も無くこの方と添い遂げられるのだと思っていた。
沢山笑って、時には喧嘩もするかもしれないけどそれでも一緒にいられるのだと信じていた。
そんな理想は今にも雨が降り出しそうな空の様にどんよりと暗く
幸せは雨に霞む景色の様にぼんやりと広がり私達から離れて行って…
それでも未練がましく耳元で幸せが囁く。
自分を捕まえるならまだ間に合うよと。
たった一言「行かないで!」と言えば自分は彼と一緒に遠くへは行かないよと。
「鬼さんこちら手の鳴るほうへ」
でも彼は約束してくれたから。必ず帰って来るって。
だから私は囁きに耳を傾ける事なく彼を見送るの。
そして愛しい方は真っ白な飛行機雲になって遠い空へと消えていきました。
「聞いたか?この前の戦い…」
「ああ、A地区の…ほぼ全滅で生存者も絶望らしいな」
「あの家のお嬢様も可哀想に、司令官は彼女の許婚だったのでしょう?」
「でも彼女の親は立ち直りが早いようだ。新しい見合い写真を娘に毎日見せているらしいよ」
「それはそれで可哀想だねぇ…」
「まあお偉方の政略結婚なんてそんな物さ」
「何度も言わせないでお父様!私はお見合いなど致しません!私の夫になる方は極卒様ただ一人!!」
「お前こそ何度も言わせるんじゃない!彼は神の下へと旅立ったのだ!通知が来ただろう!?」
「嘘をつくキサマらの舌なんてチョン切って捨ててやる!ずっと待つんだ!彼を待つんだ!」
父を追い出し、私は一人泣き崩れる。
どれだけの見合い写真を見せられても彼以上に愛しいと思える方など見えない。
彼はもういないなどと言う声など聞こえない。
いっそ彼がいない世界なら
「何もないほうがいい」と笑う。
部屋の中、金魚鉢の中で泳ぐ赤い金魚に視線が移る。
「ねぇ、お前を祭で取ってくれた人は本当に私を置いて行ってしまったの?」
物言わぬ金魚は金魚鉢の中でくるくる泳ぐ。
水に映る私もくるくる流れて見える
「そうだ」
何故今まで気付かなかったのだろう。
彼が神の下に旅立ったと言うのなら私も神の下に行けば良いのだ。