紅の死神
□それはまるでガラスのように
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頭を強く打ちつけても、この身体は死ななかった。
それが【私】の誕生。
目を開いた時には【アイリス】はいなくて。アイリスは生きることをやめたから、代わりの人格が必要だったのだ。
この身体が、ダークマターに乗っ取らない為に。
悪魔を目覚めさせない為に。
【私】は記憶喪失だったんじゃない。初めからから、何もなかったのだ。
この記憶は【私】の記憶ではなく、この身体の記憶。
【私】は、アイリスの人格を基にして生まれたイノセンスが望む人格。
感情に流されず。ただ、ひたすらイノセンスを扱う破壊者。
イノセンスはそれを望んでいたから、何も考えずに目の前に現れる兵器を壊しては血にまみれていった。
私の存在意義は、この兵器を破壊すること。
最初の異変は、一人の老婆だった。
私を見るなり殺さないでくれと、命乞いをすることに珍しさはなく。こんな所で死なれても迷惑だと、意識のない奴を町や村に帰すことも度々あった。
ただ一つ違ったのはその後。
木の上で木の実を食べていると、またあの老婆がやってきたのを見た。
"何しに来てるんだ…?"
半ば呆れて、もう一度脅かしておこうとした時。老婆は木の下に籠を置いて辺りを見回す。
"聞こえておるか〜?この前は、どうもありがとうよ。これはほんのお礼じゃ。
口に合うかわからんが、食べとくれ。"
"…ありが、とう?"
初めて言われた感謝の言葉。
老婆が去った後、木から降りて籠にかかっているナプキンを取った。広がる甘い匂いに手を伸ばし、口に含んで食べる。
それは今まで食べた何よりも美味しくて、お腹もいっぱいになった。
世話になったと礼に来た老婆に、自分も何か礼をしなければ。そう思った私は、森の中でも気に入っている花畑の花を籠にいれる。
次の日に老婆が嬉しそうに持って帰っていくのを見て、感じたことのなかった感情が芽生えた。
そして―…
"お前が死神か?"
ユウと出会った。
いつの間にか知らない場所に連れて来られて腹が立ったが、ユウは私が嫌っていた髪を夕焼け色だと言う。
窓の外にある赤い夕日。私が嫌いじゃない、赤だったんだ。
一目見られると、畏怖をおびた目で見られてきた髪と瞳。気休めでない確かな言葉に、目の前が歪んで暖かいものが零れた。
初めて涙を知ったんだ。