□貴女のための掌
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   君はいつも凛として












「どうかなさいましたの?」

旅の途中、日を追うごとに打ち解けていく仲間達の些細な(というよりむしろ微笑ましいくらい馬鹿馬鹿しい)喧嘩に、キムラスカの姫君が舞い降りた。
その些細さと言ったら、目をくりっとさせておすましして微笑むアニス・タトリン曹長が内心で見るに耐えないオヤジ笑いを繰り広げているという事実の足元にも及ばない。
凍りついた空間にたった一人、心は春うららのアニスが、この場の説明に入る。

「聞いてよナタリア!この二人ったらアッシュの話で大喧嘩始めちゃってさっ、もーアニスちゃん困ったの何のと言いますとね…」

「っな!おいアニス!!」

「ナタリアには関係ねーよ!」

ツインテールを困ったように揺らして腰に手を当てるアニスに、二人の殿方がばつの悪そうな様子で言い放つ。
二人とも前傾姿勢なところを見ると、彼らにとってはそれなりに、本気の争いなのか。
しかしアニスの内に秘められた(というか、天然キャラでないなら勘付く)小悪魔スマイルは、彼らの喧嘩の馬鹿馬鹿し(おもしろ)さを明白なものと位置づけている。
ルークの罵声にも近い言葉に、ナタリアはむっとする。

「なんですの、ルーク?ガイも、いいお歳で喧嘩だなんて」

加えてアッシュ絡みの話と聞きつけたナタリアは、ずいずいと二人の間に入って行った。

「それがさぁ〜」

「アニス!」

ガイが二度目にアニスを制したとき、ようやく彼女は悪ふざけを打ち切った。
普段は温和に構えたガイには似合わない、少し腹を立てているような低い声が、その場に沈黙をもたらす。
アニスが小さな溜息混じりにナタリアへ目配せをし、そっと部屋をあとにすると、居たたまれなくなったルークも緊張で強張った体制を緩めた。

「……ごめんガイ、でもやっぱり俺、譲れない」

「いや…いいさ、お互いにそうなんだ仕方ない、俺も悪かった」

ナタリアは困惑気味に彼らの様子を見守った、ただいつもと違うガイの様子が気にかかる。

「ナタリアも、ごめんな」

ルークはそう言うと、部屋から立ち去る、彼の伏せられた眼はどこか儚く心が締め付けられるほどで。そんな様子を放っておくのは、幼馴染としてかとても心苦しい。そこでナタリアは、ルークのことを追いかけようかと一歩足を踏み出しかけた。
が、振り返ればそこにはもう一人の殿方も、表情こそ硬いだけであったが、彼のまとう空気はとても重々しい。
ガイとナタリアは部屋に二人きりとなった。

「ガイ?」

「君も、すまなかったな。気にしなくていいから…」

彼女が気遣うように彼の手をとろうとすると、彼はそれをさりげなくかわした。
下を向いて、眼もあわせない。

「まぁ、わたくしをここまで巻き込んでおいて」

「………アニスの奴」

そもそも喧嘩のきっかけを作ったのもナタリアを連れて来たのもアニスだ。
彼女の遊びにつき合わされたのでは、そう思い当たったガイは深い溜息とともに呟く。
まさかそれが事実なら、本気で憤りを感じさえするが、そうでないと思いたい。

少し迷ってから、ガイはナタリアの瞳を見つめた。
彼女の頬は無意識に赤く染まる、ガイの様子が先程とは一変して違う意味でいつもと違う。

「俺、ルークに変な言い方しちまったんだ…」

「え…」

「アッシュは…アッシュは何やってるんだって」

「アッシュ…?」

その名に過敏に反応する彼女に、どうしようもない愛しさを感じるなんて。
彼女の美しい新緑の瞳を、じっと見つめる。
つられて、彼女も震える瞳をこちらに向けて外さない。

「知ってるよ、……君がいつも遠くの空を見つめてるのを、ますます遠くなっていくアッシュをそのたび想いを募らせる君を…俺は知ってる」

「――…!」

ナタリアの表情が困惑に転じる。
俺は何を言っているんだ。
こんな話をして、彼女を困らせてどうする。

「…………」

最初から諦めている想いなのに。

「君はそのたび苦しんで、辛くて」

近づかないつもりでいるのに。
触れられる距離に行かないようにしているのに。

「もしもそのいたみに耐えられなくなったら―――」


ガダン!!

「!」

ふいに大きな物音がして、気付けばガイの手はナタリアの頬に添えられており、慌ててひっこめる。
ナタリアも我に返ったように、さっと居住まいを正し後ずさる。

「……そ、それでルークが、アッシュのことを庇ってたんだ」

彼女が真っ赤になって距離をとったことに理性をたたき起こされてしまった。
ガイはいつもの落ち着いた声をできるだけ出した、先程のような甘いものではなく。

「くだらない言い合いさ……俺も、アッシュのことを悪く言いたい訳じゃなかったんだ」

やや早口で言い終えると、再びナタリアと目を合わせることは無かった。

そうして部屋を後にする彼の背を、彼女は茫然と見つめた。
静けさに満たされた部屋でひとり、きちんと閉まった扉をただただ見つめた。
耳に残ったガイの足音と扉が閉まる音。
どうしても忘れられない、一瞬の熱。

先程の彼の言葉はどういう意味だろう、最後に何を言おうとしていたのだろう。

鼓動がはやい、頬が熱い、心が締め付けられそう。

どうして?

「ガイ――…」














「ちょっと大佐!なんで物音立てちゃうんですかぁ?!」

そんな愛らしい目をして睨みつけられても困りますね〜とジェイドは肩をすくめる。

「アニス〜、こういうものは美味しいトコロで寸止めしちゃうのがイぃんですよ〜」

「…大佐の『良い』て言葉、気持ち悪いですね♪」

「ほほー?ではアニスは楽しくありませんか?『少しだけ見えたのは彼の本心…!?触れてはいけない彼女に触れたこの手!!気まずい…気まずいうら若き少年少女の行く末は?!!』なーんて(はあと)」

「いやですぅ〜大佐ったら〜(はあと)超、気・に・な・る!」

元気いぃっぱいのアニスちゃんとジェイドくん。
何ともいえない奇怪さをかもし出す二人の影がうごめくのは、先程ガイ達がひと波乱起した部屋の窓の外側…。

「……ッ、見つけた…!」

と、小(というには相応しくない三十路も居るが)悪魔二人に迫る怒りの業火すなわちガイラルディア氏。

「アニスに旦那ぁ、少々戯れがすぎるんじゃねぇか?」

怒りを淡々と表す彼に対して流石は小悪魔連合体アニスちゃんとジェイドくん(実に恐ろしい組織!)顔色一つ変えずに立ち向かう。

「ふん!所詮オレンジの分際で何を偉そーにぃ!!」

「偉そうな口を聞く前に、もっと面白い展開を期待させてもらえませんか?」

と、言い終えるや否や、二人はきびすを返してその場からエスケープ。
その鮮やかな逃げっぷりにガイは1本取られる。

「………っ」

先程のナタリアの頬の感触がまだ残る手を見つめて堅く握り締める。
彼女の頬が、ほんのりと桃色に染まっていたのを思い出しては、必死で忘れようと思考から追い出す。
期待してしまいそうだ、このまま彼ら二人の罠(ぶっちゃけ遊び兼暇つぶし)にかかりそうだ。
握り締めた拳を近くの壁に力一杯ぶつける。

「本気なんて出したら、お前らの期待なんざ超えちまうんだ…!!」

理性を失っちゃいけない。
卑怯な真似は出来ない。
ナタリアを愛しく想うのは、心の内だけなんだ!
彼女はアッシュを慕っていていいんだ。
それで彼女は独りでも立っていられるほど強い想いなのだから。







  君はいつも凛として


 
(僕には見守ることしか出来ない)






fin

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