□潤うこころ
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あの日

突然わたし達は遺跡船に導かれた。

相変わらず荒れ狂う海は、

相変わらずわたしを戒めるように鳴いていた。




「無理しないで」

わたしがこう言ったら、お兄ちゃんはいつも大丈夫だって言うものね。
わかっていたけれど、わたし達はその言葉を繰り返し合ってた。



「シャーリィごめん、ごめん」

どうして謝るのかも教えてくれないで、わたしの手を握って、

「シャーリィは家に居ていいから」

お兄ちゃんはいつも独りだけ働きに出て、

「シャーリィは何も悩むことないさ」

そうやって何もかも背負い込むかわりに、わたしを空っぽにしていっちゃう。


――わたしは奪われた


あなたの居ない家でひとりぼっち、
放心する心は昼下がりの太陽に置き去りにされて。

空がオレンジ色に染まると、
お姉ちゃんの翼の色に似た雲が、あなたを待ち望む恋心を締め付けて。


――だけどもう、かわいた頬には涙なんて零れなかった
(涙さえ、奪いあげられた)



愛しいあなたが疲れていても、大丈夫だと言うからいけなくて。

あなたがこの手を握っていてくれるから、どうしようもなくて。

わたしのことばかりのお兄ちゃん。


護られてばかりのわたし。

――わたしはただ、あなたという深い深い海へ溺れてしまうことしか

(もがきもせず、ただ)










「これ、どうしたの?」

包み箱が机のうえにあった。

見覚えがなくて訊ねると、お兄ちゃんは照れ臭そうに視線を逸らせた。
頬を赤らめた彼に、密に胸を焦がしてしまう。

「その服じゃ外にも行けないと思って…」

言葉を濁すお兄ちゃん、
わたしはいつも男物のぼろぼろの服か、水の民の衣裳を身につけていた。

「……わたしに?…あ、開けてもいい?」

「あぁ、…そのさ、こういうのよくわからなくて、とりあえずシャーリィに似合うのを、って」

しどろもどろで可笑しなお兄ちゃん、わたしは嬉しくてたまらなかった、なにもたじろぐ必要はないよ。

「わぁ…、可愛い!!」

少しフリルが施されたその服は、清楚な布の流れの中に、どこかいたずらな華やかさがあり、いかにも街娘に似合いそうな愛らしい洋服だった。

これまで水の民の衣裳でしか人前に出たことはない。
わたしは思わず舞い上がって、ぎゅう、とその服を抱き締める。

「そーゆーのでいいのか?」

「…ゎあ、ふふ、ありがとうお兄ちゃん!」

不安げなお兄ちゃん、そんな不安も吹き飛ばすようなわたしのはしゃぎようで、少しほっとしたように息を漏らす。

――嬉しいよ!
だってこんなに華やかな気持ちになったのさえ久しぶりなんだもの。

ねぇ、
これを着たらお兄ちゃんは可愛いって言ってくれる?

ねぇこの服なら、外へ出てお兄ちゃんを手伝うことだって許される?

わたしはそんなことを望んでもいいのかな?








空っぽの心に、

悲しみがずんと沈み込むのと同様に
幸せが舞い込むのは簡単なのね。


自分自身の空虚さも

気付いた瞬間から

喜びにも哀しみにも敏感になるの

だからわたし









「シャーリィ…!!!」

荒れた海に小さな舟で揺られて、
遺跡船に打ち上げられた。


あの日


港町までお兄ちゃんに会いに出ていったのは、

ひとりで立ち上がって飛び出して行ったのは、


ただのわがままじゃないよ。








護られるだけの空虚な心を

あなたを支える強い心に変えたかったの。

(お姉ちゃんは、わたしが頑張ろうってやっと決めたから、助けを求めたの?)














「シャーリィ、



握られたその手を





セネルの手を

どうか
はなさないであげて






でないと、


セネルは――」








 fin
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