□いつだって傍らで
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[星月夜]管理人、幸さまに捧げるED後ガイナタ小説です。
びっくりするくらい甘いので注意。

***
















「わたくし、この国の王女であることに誇りが持てますわ」



まだ五つくらいの女の子が、屈託なく微笑んだ。

隣にはもっと小さな赤毛の男の子も居て。




そして、二人の後ろには…、












今ならこの手を
そっと握り返して









幼い頃の夢を見ていた気がする。
不思議と恐くなった。

はっきりとしない思考から意識を取り戻したナタリアは、ゆっくりと息を吐いた。

熱っぽい身体。

肢体は汗ばみ、寝苦しい。


風邪をひいてしまった。
体調を崩すなんて珍しく、執務を休んでいることにもどかしさを感じる。
今こうして寝込む間に、自分に出来ることはどれくらいあるだろうか、マルクトとの国家間協議はうまくいっているだろうか、キムラスカの諸問題は、混迷する世界中の民に平穏を望んでできることはないだろうか。

心配が募る、熱で目眩がする。

いつもとは違う。
ナタリアは熱に犯されかなり衰弱していた。
先程の夢の恐怖感がいっそう、いたたまれなくなるような不安をあおる。

(恐い)

拍子抜けする程広い空間に、独りで立ち尽くすような気分。
自律神経が乱れる。
世界が逆回転する。
闇に押し潰される。
苦しい、気持ち悪い。



(助けて)



その時だった。

片手に他人の体温を感じた。
(誰かが傍にいる気がする)
触れただけでわかった。
知っているひと。

(きっと優しいひと)


まだ夢の中にいるのだろうか。

ふとよぎったのが赤毛の男の子の照れ隠しのおすまし顔。

けれど。
(ちがう)

(だって彼は……)


夢の中

隣にいたあの子は



灰になった。




アッシュ。

彼はナタリアに
触れることなどなかった。

傍にさえ居なくて。

それどころか、

自分の身を
その艶やかな髪と同じ色に


染めて。








「ナタリア」



突き飛ばされたような、何かから突然解放されたような錯覚を覚えた。
でもそれが引き金になって目が覚めた。
気付けばびっしょりと汗をかいていて、天井がぼやけるほど熱が上がっているのだろうか。
――違った。
火照る頬に次から次へと冷たい雫が溢れて、溢れて。
全身がガタガタと震えていた。
苦しかった、高熱に浮かされているからではない。
揺らぐ瞳から止めどなく涙が溢れてしまうのは。
そんな理由ではない。
湿った唇が、震えるせいでうまく閉じられない。
苦しい、心、気が狂う。
溢れる、涙、止めどなく。
壊れる、夢、ここはどこ。

「ナタリア」

ガイラルディア。
視界には彼がしっかりととらえられた、
傍らで心配そうな瞳で、優しい声で、
王女の汗ばむ髪を優しく撫でて、
そのしなやかな手を、暖かく握り締めて。

なのに王女は涙を零して瞳を伏せ、ガイの手を握り返しながらも、悲しく空虚な身体を震わせながら彼の腕の中で泣きじゃくりながらも、消え失せる赤毛の青年の影を追いすがるように…

「アッシュ」

ぎゅ。
かすれたナタリアの声に、ガイは何の動揺も見せずに、
絶望に怯える、まだ国を背負うには若すぎる王女を強く抱きしめる。
何か言葉をかけることはなく、震える彼女を抱きしめることしかしなかった。
それは他に言いようが無いくらい彼らしい行動だった。

「風邪をひいたと聞いて、見舞いに来たんだ」

ナタリアが落ち着き始めた頃に低く優しい、落ち着いた声で語りかける。

「君を独りにさせずにすんだな」

ガイのあたたかな抱擁にすがる。
彼の安堵したような声が、肩に添えられた大きな手が、穴だらけで乾ききった心に潤いをもたらす。

「…ごめんなさい」

涙が頬を滑り落ちる。

「……、気にしなくていいさ」

水臭いではないか、と思ったのだろうガイは、やわらかく微笑んでいた。
ナタリアは少しだけ笑うことができた。

「そうですわね」

そう言いながら、ガイの瞳を真っ直ぐに見つめて微かに唇を開く。
その仕草は、熱を帯びた少女にひどく妖艶なものをまとわせた。
ナタリアの雫に濡れた緑の宝石は、儚く揺れる。
吸い込まれる一歩手前、ガイは理性に待ったをかけられた。

「キスのお誘いでしょうか、ナタリア嬢」

と、律儀に訊ねるのが使用人としての弁えだった。
(しかしそれは恋人としては非常に野暮で)

「まぁ、そんなこといちいち訊ねないでください」

「ははっ、悪かった」

彼女が普段の強気な口調に戻ったことが嬉しかった。
そしてナタリアの唇に軽くキスを落とす。
縮めていた距離を少し離して、見つめあって、微笑みあった。
ガイの笑顔があまりにも優しげで、また少し泣きそうになる。
ナタリアは彼を想って、ほんの少し心の痛みを感じた。

「ガイ、わたくしは…どうしたらよいのか解らないのです」

ふっと、暗い影がまた彼女の表情を曇らせる。
ガイの袖を握り締めて、想いを告げようとした。
けれどいざ口を開いてみると、恐怖が背筋を凍らせる。

「………」

「…君が、何を言ったって」

「え?」

黙っていると、ガイは彼女の頬に添えてあった手を再び肩に置いた。

「動揺するかもしれないけど、君のこと全てを受け止めるから」

「ガイ」

ナタリアの身体の震えはだんだんおさまっていく。

「頼りになるよう努力致します……はは、こんなんじゃ可笑しいか?」

少しだけ、彼の細めた優しい瞳に、かすかな不安が見えた。
愛しむような彼の眼差しが、ナタリアの心を震わせ、揺り動かす。

「話してくれないか?」

真っ直ぐに彼を見つめる。
そして安らいだ胸に手を当てながら、覚悟を固めるように一度だけ目を伏せ、開く。

「子供の頃の夢を見ましたの」

ガイは落ち着いた真摯な顔をしていたが、微かに眉を動かした。
夢にうなされていた先刻の彼女のことが、その夢のあらかたを予測させた。

「……ルーク…いえ、アッシュとバチカルの街を眺めていた…とき、の…」

声が掠れる、言葉が続かなくなりそうになる。
その度ガイは、彼女の肩の上に置いた手に力を込める。
ナタリアははっとしてガイを見上げ、彼の暖かい笑みに安堵する。

「…それで、彼のことを思い出してしまって…いいえ、寝込んでからずっと考えてしまっていました」

「色んなことを?」

「ええ…、わたくし……彼のこと大好きでしたもの」

儚く微笑んだナタリアの頬を、涙が一滴滑り落ちる。

「でも貴方のことも、好きになってしまうなんて」

「……」

「彼のことも忘れきれずに、貴方のことも惑わせてばかり」

「忘れなくていいさ」

「そう、貴方はそう言ってくれる…けれどガイ」

引き付けあう二人の視線が交わって、少しだけ沈黙の空間に入り込む。
二人ともどうしようもなく悲しくて虚しくて、笑みがこぼれた。

「………そりゃ、嫉妬くらいする…かなり、な」

「…えぇ」

「それでも俺を、愛してくれてるって言うなら、今の君の想うままでいい」

優しい微笑だった、愛おしむようにナタリアの髪の毛を撫でて。

「―――ガイ」

「ナタリアは、何の負い目も感じなくていい…俺も、アッシュから君を奪ったような気分にならないわけじゃないけど、だったら胸張って君の恋人になってやるさ」

「……っ、まあ…ガイったら」

「アイツと向き合えるように」

彼らしい明るい笑みで言うものだから、ナタリアはつられて笑って…涙も溢れた。

「悪い方向に考えちゃだめだ」

また優しく髪を撫でて、ガイは目を細めた。

「…えぇ本当に、本当にそうですわね…わたくし熱のせいでしょうか、少し不安定でしたわ…」

「……もう大丈夫か?」

ナタリアは顔を上げて、まだ少し不安げだが微笑む。

「ありがとう、ガイ」

彼女の微笑みに切ないものを感じ取ったガイは、心を痛めずにはいられなかった。
すると、ベッドの上で居住まいを変えるナタリア。

「お?」

ベッドに腰掛けていたガイが驚いて立ち上がろうとするのを制する。
そしてガイの両肩に手を添えて、

「ご褒美ですわ、わたくしのガイラルディア」

ふざけてそう囁き、そっとキスをする。
唇はすぐに離され、やわらかな感触だけが印象的に残る。
あっけに取られるガイを見て、くすっと笑って抱きつく。
ガイは呆然とし、照れつつも呆れた風に溜息を吐く。

「……全く、…俺の、ナタリア姫は」

彼女の背をポンポンと叩いてから身体を離す。

「さあさあ!薬を飲んでもう一度寝るんだ」

「あらっ、では最後にもう一度、抱きしめてください」

「…………熱が上がってるようだから、で・き・ま・せ・ん!」

「まぁ、そんなことありませんわ!」

ナタリアは熱っぽい頬を赤らめて、さっきより明らかにテンションが、高いと言うよりおかしい。
完全に熱に浮かされている、とガイは確信し、ぐらりと理性の歯止めが揺らぐ。

「…い、一度だけ、だな」

「えぇ」

無防備な微笑みは、まさに極上。
ガイはその笑顔にどきっとしながら、彼女の背中に手を回し、ぎゅうっと力を込めた。
生殺しだ、と心のそこで嘆くも、ここは彼女の身体への心配が勝って助かった。
風邪を治すことを第一に、だからこれ以上は何もできない。
しかしながら、こうもタイミングを外してしまう自分を思わず哀れみたくなる。
と、急に彼女の身体から力が抜けるのを感じて焦る。

「ナタリア?!」

彼の身体に寄りかかって寝息をたてる王女。
ガイはいろんな意味で疲れ、溜息を漏らす。
小さな寝息をたてる彼女の頬はほの赤く、熱がまだ引いていないようだ。

「………おやすみ、愛しい君」

彼女をそっとベッドに寝かせ、高級素材の毛布をかけ直した。
彼女の寝顔は熱を帯びてはいたものの、いたって穏やかで、ガイにとってそれが一番の喜びとなった。





最初彼は、ナタリアの部屋に入ったときはびっくりした。
ベッドの上でうなされる愛しい人は、涙まで浮かべて苦しんでいた。
彼女を支えていたものの半分は意志の強さで、そして半分は“アッシュへの想い”。
彼女の心に残された傷跡…風穴にも似たそれは、きっと何者にも癒せないのだろうと改めて痛感する。
だが、それでもガイは、彼女の傍らで離れずに居ようと……そうだから、傍らでただ。

彼女の汗の乾いた額にキスを落とす。

そっと手を添える。














また

幼い頃の夢。




「アッシュ」

わたくしは
赤毛の男の子と

手を繋いで、笑って








振り返ると


そこには貴方が居る。





「ガイ!」














-fin

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